鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーション、発達障害について

30年間鬱と闘病した46歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。引きこもり歴15年、就職経験無し、発達障害歴&彼女いない歴45年。skipper1242でツイッターもやってます。

「トラウマ歩きの3年間を終えた後の自分の心境①〜⑤」

「トラウマ歩きの3年間を終えた後の自分の心境①〜⑤」


① トラウマ歩きからようやく解放された事で発生した、かなり嬉しさ。これからはもう 「トラウマ歩き」の最中のネガティヴな感情の❶〜❾ を感じなくても良い。


②「トラウマを消化した」という手応え。確かに当時の自分は「学生時代のトラウマ」から「悲しさや辛さ」の感情を消滅させる事に成功していた。


③週3回、1回平均4時間のトラウマ歩きから解放されるという嬉しさ。トラウマ歩きとは、1回平均4時間かかる行為だったが、それ以外にも時間を使う行為だった。外出前の準備時間も必要だったし、トラウマ歩きの起点までの移動時間も必要。そして、トラウマ歩き後は帰宅するまでにも時間がかかった。このようにトラウマ歩きという行為は、本体の4時間以外にも最低1〜2時間は必要な行為だった。故にトラウマ歩きをする日は、トラウマ歩きだけで1日は終わっていた。



当時の自分はこの行為を週3回行っていた。そして、トラウマ歩きの無い日には、昼の1〜2時に起き、母親と1〜2時間喋り、その後は部屋で疲労困憊状態でぐったりしているだけで1日が終わっていった。自分の3年間はトラウマ歩きに始まり、トラウマ歩きで終わっていったと言っても過言では無かった。



このように自分はこの3年間、トラウマ歩きに全ての時間を捧げてきたのだった。そして、ようやくトラウマ歩きから解放される日がやってきた。この事によって、かなりの時間が空く事になった。この「時間の解放感」はかなりのものがあった。


④ トラウマ歩きが終わるという事は、トラウマ歩きが原因の致命的な疲労感が消滅する、という事を意味していた。これは当時の自分にとって、かなりポジティブな変化だった。何せこの致命的な疲労感は、「自分で自分の身体を全くコントロールし切れない状態」の大きな原因の一つとなっていた。大きな原因の一つが消滅した事で、「自分で自分の身体を全くコントロールし切れない状態」が多少なりとも改善した可能性が考えられる。


⑤このトラウマ歩きという行為に膨大な時間とエネルギーと心身の健康を投入したにも関わらず、「鬱の回復」は全く実感出来なかった。自分の身体はトラウマ歩きの3年間で「自分で自分の身体を全くコントロールし切れない状態」に陥っており、日々の生活は致命的に辛くて辛くて仕方なかった。この事に対する膨大な虚しさ。