鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーション、発達障害について

30年間鬱と闘病した46歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。引きこもり歴15年、就職経験無し、発達障害歴&彼女いない歴45年。skipper1242でツイッターもやってます。

妹の人生を書いていたら泣いていた(2021年11月・46歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表&鬱悪化のフローチャートも併せてどうぞ。では、前回の記事「 母親と自分と妹、3人の人生が家の闇に飲み込まれていった(2011年4月頃・35歳) 」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が3年間に渡るトラウマ歩きを終え、妹と喋り始めた、という話でした。この時の自分の年齢は35歳で妹は32歳です。自分も妹も引きこもり状態にありました。



ここからしばらくは今回の記事の前提となる前フリ部分になります。いつもお読みの方は飛ばして下さい。


『今回記事の前フリ』


. 「トラウマ歩き」とは、歩きながら過去のトラウマを思い出す事で、それを消化する試みを指しています。自分はこの行為を2008年7月頃から始めました。この時の年齢は32歳です。今から14年前の話になります。



トラウマ歩きを開始してからというもの、自分は週に3回のペースで外を歩く事になりました。1回の歩き時間は平均4時間。1回で歩く距離は平均10km。この行為を続けていた期間は3年間です。



「トラウマ歩きの前フリ」



次に最近の記事で作った「深夜2時近辺の戦い」のフローチャート(短縮ver)のリンクを貼りたいと思います。


「深夜2時近辺の戦いのフローチャート(短縮ver)




上記のリンクの経緯で「トラウマ歩き」の頃の自分は、妹に対して病的(×27 倍)な憎悪を感じていた、という事になります。(事件の詳細はこちら)そして、その憎悪をトラウマ歩きの中で思い出し、消化する事もありました。




また、トラウマ歩き2年目の2009年3月頃、この頃から自分は「向かいの車のドア音」にも苦しみ始めたのでした。そして、その音によってコントロール不能な暴力衝動が発生し、それを窓際の障子を殴る事で発散していた、という話になります。(この「向かいの車のドア音との戦い」の詳細はこちら)そして、上記の2つを含めた様々な致命的なストレスが重なり、当時の自分は「自分で自分の身体を全くコントロールし切れない状態」に陥ってしまった、という話になります。




『前フリ終わり』



ここからは前回の記事をそのまま全て引用したいと思います。トラウマ歩き最終盤の2011年3月、自分が妹とのコミュニケーションを復活させた、という話になります。そして、その中で妹の高校時代以降の話を聞いていった、という話になります。



『前回記事からの引用』



このようにトラウマ歩き終盤の自分は、妹の人生を聞いて行ったのでした。それにしても、改めて思いますのは、妹の人生もまたままならない人生であった、という事です。我が家は学歴信仰がかなり強い家なのですが、そこでの2度の大学受験失敗はかなりの挫折感になったと思います。そして、その挫折感によってアトピーが悪化し、10年以上ガチの引きこもり状態に陥ってしまったのは、悪夢以外の何物でもなかった事でしょう。しかも、隣の部屋では兄である自分が謎に狂って暴れているのですから、恐怖と絶望感もかなりのものがあったと思います。



それにしましても、やはり我が家を覆う闇は深過ぎると思います。自分の人生だけでも充分孤独と挫折の闇に覆われていましたが、妹の人生もまたアトピーが原因でかなりままならないものであったからです。この家に産まれた子供2人が、揃いも揃って人生がぶっ壊れています。




もちろん、うちの母親も1985年の開業以降、父親のもたらした過酷なトラブルの数々によって、心をどんどん病んでいきました。さらに2006年に引越しをしたら、今度は子供2人が引きこもり状態ですからね。これによって母親もさらに心を病んでいったであろう事は間違いないと思います。うちの母親もまたこの家の闇に飲み込まれていったのです。



このように我が家は「闇が深過ぎる」としかいいようがありません。母親と自分と妹、3人の人生がぶっ壊れていったのですから。ではこの「闇」とはなんなのでしょう。それは「父親の人格」及び「父親の育った生育環境」、です。言い換えますと、うちの父親の超神経質で超人嫌いで超世間知らずな性格、及び、そんな父親を育てた祖父と祖母、これらが闇深過ぎるのです。



自分がそんな父親の家庭環境の話を聞くのは、妹の人生を聞いた1年後の事になります。



『引用終わり』


なるほど〜。このように当時の自分は、トラウマ歩きの終盤に妹の人生を聞き始めたのでした。ただし、その時に感じた感想は、今回ブログに書いた感想とは大きく異なる印象です。そう、当時の自分は、今現在(2022年11月)の自分に比べると、妹の人生のほとんど感情移入出来ていませんでした。当時の自分とは今から11年前(2011年)の自分の事です。



そう、当時の自分は妹の人生を聞いても、そこにほとんど感情移入していなかった記憶です。なんだったら「嫉妬」していたくらいだったと思います。妹の人生は、自分の人生に比べて、人に恵まれていましたから、そこに対する嫉妬や劣等感を改めて感じていたような記憶です。



ただ全く感情移入していなかったかというとそういう訳でもなく、「妹の人生もまたままならないものだったのだな」、という淡々とした感想は抱いていた記憶です。



そして、現在の自分(2022年11月)は11年ぶりに妹の人生を詳細に思い出し、こうやってブログに書いてみました。すると、11年前とは違い、そこには明らかに感情移入が発生していました。あれは確か4回くらい前の記事を書いている時の事です。自分は妹の人生を書きながら、泣いていました。



具体的にその時の事を書いてみますと、妹が大学受験を2回失敗した後、アトピーが激化し、ガチの引きこもり状態が10年以上続いた、という話を書いている時に、かなりの感情移入が発生していました。自分の人生にも外出不能のガチの引きこもり期間はありましたが、それは記憶のサルベージの1年間のみです。その1年間だけでもかなりの絶望感があったのですが、妹の場合それがら10年間ですからね。




まぁ妹の場合は、両親とコミュニケーションが取れている状態での引きこもりですから、自分の1年間とは単純比較は出来ませんが、それでも絶望的な10年間であったろう事は容易に想像出来ます。なんというかカゴの中の鳥みたいな状況ですからね。しかも、そのうちの7〜8年間は、隣の部屋で兄である自分が妹に対して殺意を剥き出しにしていたのです。閉塞感と恐怖感を合わせたメンタルダメージの総量は、致命的なものがあったと思います。



さらにもっと激しく感情移入をした部分もありました。それは妹がアトピーによってメイクやファッションを楽しめなかった、という状況です。そう、妹は高校入学と同時にギャルデビューし、メイクやファッションを楽しんでいた事と思います。しかし、その期間は2〜3年しか続かなかった印象です。何故なら大学受験に失敗し、その挫折感によって、アトピーが悪化してしまったからです。妹は引きこもり状態に陥り、メイクやファッションどころでは無くなってしまいました。これは女性の妹からしてみれば、かなりの絶望感であった事だろうと思います。




そう、当時の妹の顔の皮膚は赤くただれ、かさぶたで白くガサガサになっていました。あのような状態でメイクやファッションを楽しむ事は困難であったと思います。ですから、妹は外出出来なくなり、引きこもり状態に陥ったのです。しかもその状態は21歳〜22歳、26歳〜37歳まで続く事になったのです。



そう、自分は上記のアトピーの話を書いている時に泣いていました。当時の妹がアトピーに感じたであろう絶望感や悲しみに、激しく感情移入していたのです。女性である妹にとって顔の皮膚の状態は命に等しいものだったと思います。しかも当時の妹は20代。いわゆる「青春時代」です。その時期に命に等しい肌に深刻なトラブルを抱えていた訳です。この感情移入は11年前に妹の話を聞いた時には全く起こらなかった反応でした。



どうして11年前に起こらなかった感情移入が今現在(2022年11月)には起こったのでしょう。それはこの11年間で自分がファッションを楽しむ感覚を覚えたからだと思います。特にここ4〜5年くらいは、自分は服にそれなりのお金を投じています。自分の好きな青系で、身体にフィットし、アメカジテイストな服を着るのが楽しくてたまりません。最初の頃は大衆的なお店であるユニクロジーンズメイトに入るのだけでも緊張していましたが、今ではサンローランやモンクレールなどのハイブラの服を着るまでになっています。



このように自分はこの4〜5年でファッションを楽しむ感覚を知りました。だからこそ、妹がアトピーでメイクやファッションを全く楽しめなくなり、絶望した気持ちに激しく感情移入したのだろうと思います。





今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!




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