『原発事故後のトラウマ歩きにおける4つの致命的なストレス」
①「放射能で汚染された街を4時間歩き続けなければならない」という状況がもたらす甚大な恐怖とストレス。
②この時のトラウマ歩きは最終盤を迎えており、トラウマ歩き最終盤は自分にとってウイニングロードとなるはずの時間だった。自分はこの3年間必死に必死に必死に外を歩き回ってきたのだが、その3年間は、筆舌に尽くし難い程の心身の苦痛に満ちた3年間だった。それにより鬱はさらに1.25倍悪化してしまった。自分は膨大な時間とエネルギーと心身の健康を犠牲にして、ようやくここまで辿り着いたのだった。
だからこそ、トラウマ歩きの最終盤は、感慨に満ちたウイニングロードとなるはずだった。自分は自分自身の命懸けの奮闘を自画自賛し、労いたい気持ちでいっぱいだった。
しかし、ここに来ての原発事故が起こってしまった。街は放射能で汚染され、自分は凄まじい恐怖の中でトラウマ歩き最終盤を進めなければならなくなってしまった。自分は輝かしいウイニングロードを放射能で汚染され、ただひたすらに自分の運命を呪うしかなかった。
③放射能で汚染された街では、トラウマ歩き最終盤の「最終確認」がなかなか思うように進まなかった。「トラウマ歩き最終盤」とは、全てのトラウマを改めて思い出し、そこにネガティヴな感情が残っていないか、最終確認する行程。自分は全てのトラウマを改めて思い出し、「悲しさ、辛さ、恐怖」などの感情が完全消滅したか、最終確認するつもりだったのだ。しかし、「放射能の恐怖」に著しく怯えながらの精神状態では、その最終確認は容易ではなかった。
この状況下で自分は歩きながら過去のトラウマを改めて思い出してみた。すると、過去のトラウマエピソードの中に、現在の自分が感じている「放射能の恐怖」が流入してきそうになってしまう。これは本当に厄介な状況だった。もちろん、自分は「過去のトラウマ」と「放射能の恐怖」を分けて考えようとした。しかし、現実で感じている「放射能の恐怖」がかなり強く、邪魔過ぎるのだ。
そして、この「過去のトラウマ」と「放射能の恐怖」を分けて考える行為自体が、凄まじい精神的消耗を発生させてもいた。何故なら、こんな行為は原発事故前には全く必要無かったのだから。
④上記3つの理由でトラウマ歩きの最終盤は遅々として進まなかった。当時の自分は、一刻も早くトラウマ歩きの3年間を終わらせたくて仕方なかったのだが、原発事故によって大ブレーキがかかる事となってしまった。この事での精神的ストレスもかなりのものがあった。