鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

常軌を逸していく母親の怒り〜我が家のゴタゴタの歴史16

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「 家族でハワイに行った話〜我が家のゴタゴタの歴史15」の続きを書かせて頂きます。





前回の記事はハワイにうちの父親の仕切りで行ったって話でしたね〜。そして、これまでの父親とは全く違うそのポジティブな行動の裏には整体師との付き合いがあったのでは?という話でした。さて、「我が家のゴタゴタの歴史①」に書きました通り、うちの母親は父親がこの整体師と付き合う事に大反対していたんですよ。なんせうちの父親は以前銀行の支店長に半ば騙されるような形でボロ家を買わされましたから、その事を母親は当然覚えていまして、「またあの人はいいように騙されているんじゃないか?」と強く疑っていたのです。そう、この件だけに限らず、医院の開業時においてもうちの父親はボロ家を買ってしまっていましたし、あの2人の扱いに関しても相変わらず話は両親の間で平行線のまま大きな火種になっていましたから、うちの母親は父親の行動に対して極度の不信感を抱くようになっていきました。とは言っても家族4人でハワイに行った頃はまだそこまで酷くはなかった記憶ですが、その後父親と整体師が共同で漢方の研究所を作ったり、その整体師が大学に行き直すとかでその学費を父親が負担するという話が出てきたり、共同で本を出すという話が出てくると、「あの人はあの整体師に騙されていて、いづれ医院の経営はあの整体師に乗っ取られるのでは?」と、どんどん疑心暗鬼になっていったのです。たぶん父親から「あの整体師さんはこんなにすごい人なんだ!」的な盲目的な言葉を聞かされれば聞かされる程、母親の不信感は増していったのでしょう。そうそう、前回の記事でパンク事件の1〜2年後、これまでずっと母親がやっていた医院の経理を父親がやるようになった、という話をしましたが、そうやって母親が医院の経営から離れ、母親が医院の経営状況を把握できなくなった事も経営乗っ取りの疑いを高める事になっていたのかもしれません。




ですから、うちの父親はあの整体師と仲良くなればなる程元気になっていき、逆にうちの母親は父親があの整体師と仲良くなればなる程不信感を募らせていく、という皮肉な状態になっていたんですね。




さて、そんな高まりに高まった母親の不信感なのですが、父親と整体師が共同で書いた本が発売されるとついに爆発してしまいます。本が発売された時期は自分が2つ目の大学で1年生をしていた夏頃だったと記憶しています。これまでうちの両親は開業以降10年以上に渡って延々と喧嘩し続けてきた訳ですが、この頃が1番酷かった。そう、母親の視点から見ますと、この整体師の件が無くとも、開業以降あの2人の扱いが延々と決まらない事や、父親が2軒のボロ家を買ってしまった事に関して、怒りが物凄かったと思います。そこにさらに「あの整体師に医院の経営を乗っ取られるのでは?」という不信感が加わった訳ですから、もうその怒りは常軌を逸していました。そして、それを横で見ていた自分もかなりキツかった記憶です。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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