鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

家族でハワイに行った話〜我が家のゴタゴタの歴史15

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「我が家のゴタゴタの歴史14」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事はうちの父親が例の整体師と仲良くなっていった経緯についてでしたね〜。父親と整体師が出会ったのはパンク事件からたぶん1〜2年後だと思いますが、そうやって整体師と出会い、彼と仲良くなっていくにつれて、父親は徐々に元気になっていったような印象です。何故なら、それまで自分は父親から父親らしい事をして貰った記憶が何一つ無いのですが、この頃(一つ目の大学1年頃)から父親と自分は週に1回一緒にご飯を食べに行くようになったんですよ。そう、自分も父親の仕事場に出向いてその整体師に整体をやって貰いまして、その後父親の車でご飯に連れて行って貰っていました。なんというかそれまでの自分の人生において、うちの父親が自分に何かを積極的に働きかけてくるって事は全く無かったのですが、このご飯に関しては父親から積極的に誘ってきたような記憶でして、この変化は整体師との付き合いによるものしか考えられません。整体師との付き合いによって多少エネルギーと余裕が生まれ、自分を誘うような気になったのではないかな、と思います。




また、この時期のもう一つ特筆すべき出来事として、自分が一つ目の大学の3年生の時に、家族4人でハワイに旅行に行ったのですが、この旅行の手配や現地での旅の仕切りを全て父親が行ったのです。これはね〜、それまでのうちの父親の家族内での立ち位置を考えると到底考えられない出来事でした。だってホントうちの父親は家族や家庭というものに対して一切積極的に関わろうとしない人でしたからね。過去に家族で旅行で行く事はありましたが、その仕切りは全て母親だったと思いますし、日常生活においてもうちの父親は全く存在感がありませんでした。父親が食卓において楽しそうに笑ったりだとか、息子である自分を何かの遊びに誘ったりだとかそういう明るい思い出は皆無でして、だからこそ自分の中での父親のイメージはまるで「透明人間」だった訳です。しかし、このハワイ旅行の時だけは違いました。高そうなレストランに連れて行ってくれ、店員さんと英語で楽しそうに会話したりしてました。自分はこのポジティブな変化の原因も整体師との付き合い以外には考えられないと思っています。だって遡る事5年前のパンク事件の際には父親には旅行どころか働く気力さえ無くなっていたのですから。そして、パンク事件以降、うちの父親は患者さん達の話を親身になって聞かなくなりまして、それにより①のストレスは無くなったと思いますが、②③の母親から受けるストレスは全く減っていなかった印象です。(ストレス①②③に関してはこちら→ 壊れていく父親のメンタル〜我が家のゴタゴタの歴史10)相変わらず父親と母親の間であの2人の取り扱いに関する合意は何一つ作れていませんでしたし、引っ越しに対する母親の怒りも全く減っていませんでした。ですから、パンク事件以降も父親周りの親子関係や夫婦関係は相変わらず壊滅的な状態だった訳で、その状況下で父親にポジティブなエネルギーを発生させるものといえば、この整体師との付き合いぐらいしか思い付かないのです。そうそう、父親にとってはこれまで1人でやっていた漢方の研究を彼と2人でやれるようになったのも嬉しい事だったかもしれません。




また、細かい話で言うと、父親が整体師と出会って1〜2年後ですかね、それまで医院のお金に関する事務作業は母親が全てやっていたのですが、それを父親が全てやるようになったのです。その理由として父親は当時「医院のお金に関する話が夫婦喧嘩の原因になる事があるから、これからは自分でやる」とか言ってました。まぁこれも整体師と付き合い始めた事でそういうエネルギーが出て来たという事なのかもしれません。




ちなみにこの父親主導のハワイ旅行の感想なのですが、確か5泊6日くらいで行った記憶ですが、自分の中には何一つ楽しい思い出として残っていません。子供の頃の旅行と違い、旅行中夫婦喧嘩が起こって雰囲気が最悪なものになるような事はなかったと思いますが、もうこの頃の自分の体調はボロボロでしたからね。(大学入って鬱が3倍酷くなった話 )旅行中酷い冷え性のせいでず〜っと薄ら寒く、特にエアコンが付いてるようなお店ではガタガタ震えていて、鼻水出まくっていた記憶ですし、とにかく慢性的な疲労感と眠気が酷くて、常に背中をナイフで刺されまくっているような疲労感がありました。一応旅行中ジェットスキーとか射撃とかアクティビティをやってはみましたが、意識は常に背中の鋭い痛みに囚われていて、何かを楽しめるような状態では全く無かったです。食事も父親が高そうなレストランに連れて行ってくれましたが、食欲が一切無い状態ですから、何食べても灰を食べてるような味しかしなかった。後年父親が「あのハワイ旅行には100万くらいかかった」と言ってましたが、それだけのお金を掛けたにも関わらず、自分の中には何一つ楽しい思い出が残っていないというのは悲しいものがあります。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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