鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

ぎっくり腰の原因は家族に対する「殺しても殺し足りない」程の憎悪(2007年3月・31歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「 ぎっくり腰3日目〜2週間後(2007年3月・31歳) 」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、発症から2週間でぎっくり腰の痛みが消えていった、という話でした。そう、1週間後には痛みは半減し、2週間後くらいにはほぼほぼ消えていたように思います。自分はかなりホッとした記憶です。あの発症初日の痛みがず〜っと続いたら、地獄の底の底の底ですからね。完全に死んだ方がマシな世界です。そして、発症から2週間後には痛みはほぼほぼ無くなっていましたから、外出できるようになり、改めて耳鼻科に赴き、花粉症の薬を貰ってきたりもしました。ただ、その際にぎっくり腰の再発にかなりビビっていた記憶です。そう、自分は2週間前にこの耳鼻科に行こうとした際に、ぎっくり腰を発症したのです。着膨れ状態で必死の思いでレインコートを着ようとしたら、腰が「ピキっ」と来て、そこからどんどん痛みが激しくなっていきました。ですから、2週間後に改めて耳鼻科に行く際には、かなりビビりながら外出準備をした記憶です。レインコートを無事に着た時にはけっこうな達成感があったような。そして、原付に乗って耳鼻科に着きますと、「あぁ色々あったけどようやく来れたなぁ」、と妙な感慨を覚えたものです。そして、無事点鼻薬を受け取り、家に帰って来る事が出来たのでした。




そう、思い出してみますと、そもそも自分がぎっくり腰を発症したきっかけは、「花粉症の発症」にありました。自分は9ヶ月ほど前にこの新しい家に引っ越してきたのですが、この家の裏には杉林があり、その花粉によって自分は花粉症を発症してしまったのです。自分はまずその事に対して怒り狂いました。何故なら自分はそもそもこの新しい家への引っ越しにおいて、甚大な精神的ストレスの数々を受けて来ていたからです。では毎度毎度になりますが 、「引っ越し及び東○荘事件で受けた致命的なストレス一覧」を貼らせて頂きます。




「引っ越し及び東○荘事件で受けた致命的なストレス一覧及びそれらから派生した4つの現象」



①15年間住み続けた凄まじく愛着のある部屋を奪われる。



② 前年の記憶のサルベージ(言語化)によって自分の学生時代が家庭環境によって滅茶苦茶に破壊されていた事が判明。その上親が言い出した引っ越しの為に自分がさらに時間やエネルギーを割かなければならない。



③引っ越しの情報を得る為に「殺しても殺し足りない」程憎い妹とコンタクトを取らざるを得なくなる。結果自分の中に凄まじいストレスの嵐が発生し、それは自我が崩壊する危険性を感じる程だった。自分は自我が崩壊するギリギリになったら、この世界から離脱できるよう首吊りの準備をしてから妹とのコンタクトに臨んだ。



④前年の記憶のサルベージ(言語化)によって自分の精神年齢の成長が小3で止まっているという事が判明。自分がまだ精神的によちよち歩きの状態だというタイミングの問題。



⑤「殺しても殺し足りない」くらい憎い家族と、その後も一つ屋根の下で住み続けなければならない。



⑥東○荘事件により、家庭内での孤立無援感がさらにエグい事になり、眠りに就こうとすると「自分が眠っている間に激昂した父親が再び自分の部屋に突入してきて、自分は殺されのでは??」という凄まじい恐怖心に襲われるようになる。自分の睡眠はただでさえ「妹のドア音」によって劣化しまくっていたのだが、この凄まじい恐怖心によりさらに極限まで劣化する事に。結果慢性的な疲労感と眠気は果てしなく大きくなり、意識朦朧とした状態で日常生活を送る事になる。そんな中での心の支えは「自我が壊れそうになったら首吊り」という思いだけだった。



⑦東○荘事件によって自分の人生に対する激烈な無力感と虚無感と理不尽感と絶望感も発生。東○荘事件以前から自分はこれらを抱えて生きていたが、東○荘事件によりこれは倍増。そして、これらの倍増によってそれまで抱えていた「自殺願望」が「自殺企図」へと変化。また、激烈な無力感は慢性的な疲労感の極限化の一因にもなった。



⑧「自分の身体」と「自分の時間」が「殺人的な疲労感」と「殺人的な眠気」に支配され、全く自分の思い通りに使えない。1日のうち18時間はベッドの上で過ごさねばならない生活。起きている6時間も100kgの重りを背中に乗せられ、身体が床にぺちゃんこに潰されそうな感じ。自分の身体と時間が乗っ取られているかのよう。その無力感と情け無さ。



⑨東○荘事件により、パチンコで稼いでいた時の希望に溢れたモチベーションが完全消失。これによりさらに大きな喪失感と虚無感が発生。また、月30万の現金収入も失い、両親に対して「殺しても殺し足りない」程の憎悪を感じる。



⑩幼い頃から疲労感や眠気に抗い(あらがい)続けて生きてきた結果、引っ越しや東○荘事件以後の殺人的な疲労感と殺人的な眠気に対して抗う気力が全く無くなる。これにより睡眠を取り覚醒した後、ベッドから動く事が全く出来なくなる。覚醒した後自分のまぶたや身体が鉛のように重いのだが、それ抗って起きようという気力が全く湧かない。この「疲労感や眠気に抗いたくない」という気持ちは、⑧の気持ちと矛盾している気持ちだが、当時の自分は「鬱の廃人」+「鬱の狂人」状態だったので仕方ない。これはたぶん両価性(アンビバレンス)という状態。両価性とは「相反する2つの価値基準が自分の中にある事」。詳しい意味はこちら→ https://kagaku-jiten.com/abnormal-psychology/ambivalence.html


11ベッドに入り目をつむると上記①〜⑩の致命的なストレスの嵐が一気に自分に襲いかかってくるので、その精神的苦痛で1時間全く寝付く事が出来ない。加えてその間❶❷の予期不安(予期憎悪)による甚大な精神的苦痛にも耐えねばならない。





[上記①〜⑩の致命的なストレスの数々が生んだ4つの現象]



❶寝付く際のストレスが原因の予期不安

引っ越し後の自分がベットに入り、まぶたを閉じると上記①〜⑨の致命的なストレスに一気に襲われてしまう。自分はその甚大な精神的苦痛に1時間耐えなければ寝付く事が出来なかった。故にその後の睡眠を妨害された時の憎しみは凄まじいものがあった。それは先程の甚大な精神的苦痛に耐えた1時間が無駄になってしまったから。だからこそ、ベッドに入り、目をつむると「この先寝付いた後何らかの音で起こされたら、どうしよう」と凄まじい予期不安にも襲われる事にもなった。また、逆に「この先寝付いた後何らかの音で起こされたら、凄まじくムカつくだろうな」という予期憎悪にも襲われていた。



❷「超睡眠依存症」状態が原因の予期不安

引っ越し後の自分にとって睡眠は命より大事なものになっていた。何故なら眠っても眠っても殺人的な疲労感と殺人的な眠気が全く減っていかない為。しかし、それを減らす為の手段は睡眠しかあらず、それ故に睡眠への欲求が底無しで無限で苛烈になっていった。「超睡眠依存症」とでも言って良い状態。その睡眠を妨害された時の怒りは凄まじい。だからこそ、ベッドに入り、目をつむると「この先寝付いた後何らかの音で起こされたら、どうしよう」と凄まじい予期不安にも襲われる事にもなった。また、逆に「この先寝付いた後何らかの音で起こされたら、凄まじくムカつくだろうな」という予期憎悪にも襲われていた。



❸「首吊り企図の日常化」
「首吊り」という選択肢が、「今日何食べようかな」と同じくらいの日常的な選択肢になっている。


❹「放火妄想」
家に灯油をまいて、家族もろとも燃やしてやりたい、という妄想。家が燃え尽きたのを見届けたら、逃げるのも刑務所も面倒なので、裏山で首吊り。



引用終わり



自分は引っ越しと東○荘事件によって、上記①〜11+❶〜❹の致命的ストレスの数々に苦しみ続けていました。この時点で自分は家族に対して「殺しても殺し足りない」程の憎悪を感じていたのです。そして、引っ越しから9ヶ月後、さらにここに花粉症が加わりました。家族に対する憎悪の炎はさらに激しく燃え上がり、自分の心身を激烈に焼き尽くしていきました。それにより自分の心はさらに甚大な精神的苦痛を味わう事になったのです。自分は今回のこのぎっくり腰の原因は、この「さらに甚大な精神的苦痛」にあったような気がしています。というかそれ以外考えられません。そう、あの時の自分にとっては「耳鼻科に行く事」も憎しみの炎がさらに激しく燃え上がる要因だったのです。何故なら、引っ越ししたせいで花粉症になり、そのせいで耳鼻科に行かなければならなくなったからです。さらに出掛ける為に面倒な着替えをしなくてはならなくなってしまいました。なんというか、憎悪の炎が激しく燃え上がり、ピークを迎えた時にぎっくり腰が発症したように思うのです。そうそう、今から考えるとぎっくり腰の発症が家を出る前でまだ良かったと思います。原付に乗っている最中に発症していたら、交通事故の可能性がありました。




そう、ですから今回のぎっくり腰発症の原因は、家族への「殺しても殺し足りない」程の憎悪なのだと思います。花粉症発症をきっかけに、その憎悪の炎が激烈な勢いで自分の心身を燃やし尽くしていき、自分の心の中にさらに甚大な精神的苦痛が発生。その精神的苦痛がピーぎっくり腰を誘発した、と。また、自分は花粉症発症から2日の間、その激烈な憎悪のせいでほとんど睡眠が取れていませんでした。これにより身体が極限まで衰弱していたのです。この衰弱状態もぎっくり腰発症の一因になったとは思います。ただ、花粉症発症後の不眠の原因は、家族に対する「殺しても殺し足りない」程の憎悪にある訳ですからね。やはりぎっくり腰の原因は家族にに対する「殺しても殺し足りない」程の憎悪にあるのではないかと思います。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m






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