鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

〜父親が救急車を呼んだ理由〜尿管結石にのたうち回った1日④

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「〜父親の破壊的暴言と自分の凄まじい怒り〜尿管結石にのたうち回った1日③」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、父親の「こんな時だけ頼りやがって!!」という破壊的暴言によって、自分が甚大な精神的ダメージを受けたって話でしたね。今更ながら「こんな時だけ頼りやがって!!」というこの暴言、滅茶苦茶おかしな言葉だな、と思います。自分は前代未聞の痛みに悶絶している状態で父親の事を頼りに行きました。これって超非常事態ですよね。そんな自分に対して父親は「こんな時だけ頼りやがって」って言い放ちましたが、こんな超非常事態でさえ頼るのが駄目だと言うなら、一体いつ頼れば良いというのでしょう?なんかそんな事をこの尿管結石の痛みが収まった2日後くらいに、怒りではらわた煮えくり返りながら考えていた記憶です。




さて、そのような父親の暴言により自分は凄まじい絶望感と怒りに襲われました。そして、寝転がった状態で父親の足を2〜3度思い切り蹴りまして、這いずりながら父親の部屋を出て行こうとしたんですね。そしたら父親が「分かった、分かった、救急車呼ぶから」と、救急車を呼びました。そう、ようやくここに来て、父親が自分の事を心配し始め、救急車を呼んだのです。、、と言いたい所ですが、自分は父親が救急車を呼んだのは他の理由があったからだと考えています。そう、父親が救急車を呼んだのは、「自分の事を心配し始め」たからでは、無いと思うのですよ。ではどんな理由だったのかと言いますと、「このまま痛みに悶絶する自分(息子)を見殺しにすると、後でその行動を母親から滅茶苦茶非難され、面倒臭い事態になるに違いないから」です。とにかくうちの父親はうちの母親から非難されるのを嫌がりますからね。今回の記事は時間を遡りまして、そこら辺の歴史について書かせて貰います。




遡って思い出してみますと、我が家は10年以上に渡り、両親の喧嘩が延々と続いていている状態でして、その中で母親は父親の事を一方的に非難し続けていました。父親が母親に対して言い訳をごちゃごちゃ言う事はありましたが、反論する事は少なく、ほとんどが母親の一方的な非難でした。ですから当時の自分はいつまで経っても父親の事を非難するのを辞めない母親に対して凄まじい怒りを覚えていたのです。ただですね、今から思うと、うちの母親が父親の事を責めている内容って全てド正論で完全に母親の言う事が正しかったのですよ。今になって分かるのですが、うちの母親の性格は、この冷酷非道な父親とは真逆な性格をしておりまして、とにかく暖かくて優しくて無償の愛に溢れた人なのです。ですから、1985年に父親の母親(自分から見るとおばあちゃん)とニートの弟(自分から見ると伯父)がうちの近所に勝手に引っ越してきてしまった際、この2人の存在を父親が無視し続ける事がどうしても耐えられなかった。母親的には「何故に義理のお母さんが近所に住んでいるのに無視をし続けなければならないのか、訳分からない!!」、と。(我が家のゴタゴタの歴史① )また、1990年に父親が銀行の支店長に半ば騙されるような形でボロボロの家を買わされた時に、母親が半端なく怒ったのも当然の怒りだったと思います。(我が家のゴタゴタの歴史⑦ )同様に1995年頃から父親がとある整体師にハマり、洗脳されていく姿を見て、心配し、強く非難していたのも当然の行動でした。(我が家のゴタゴタの歴史14 15 16 17)とにかくうちの父親の生き方って、現実に足が着いておらず、フワフワフワフワ、していまして、すぐに宗教やオカルトの世界に現実逃避してしまう人生なのですよ。そう、すぐに自分に都合の良い妄想の世界を作り上げ、すぐにそこに逃げ込んでしまう。いづれお話ししますが、この父親が育った生家自体がそもそもそういう家なのです。そして、基本的に超人嫌いで人の事を見下しがちな癖して、1度人に心を開くとすぐに盲信してしまう。だからそこを他人につけ込まれて利用されてしまうのです。そもそも超人嫌いな癖して、「医者」という職業に就いている時点で人生を大きく間違えてますからね。医者という職業は「人への思いやりが超重要な職業」だと思いますが、父親にその適性が全く無い事は、この尿管結石の一件でもよく分かると思います。



話は尿管結石の日の父親の部屋の場面に戻ります。そんな感じで父親は母親から長年に渡ってど正論で非難され続けてきましたから、それが嫌で嫌でも仕方なかったと思うのですよ。そして、父親の破壊的暴言を聞いた自分は「もうお前には頼らねぇよ!!」と這いずりながら部屋を出て行こうとしました。その姿を見て父親は「このまま〇〇(自分の名前)の事を放っておいたら、自分が〇〇の事を見捨てた事がいづれ妻に伝わり、その事で凄まじく非難されるに違いない」と瞬間的に感じたのではないかと思うのです。そして、「分かった、分かった、救急車を呼ぶから」と、なった、と。うちの父親って本質的に「自分の意志」というものが全く無く、常に誰かの意志に影響され続けている人ですからね。その誰かが「宗教」だったり、「整体師」だったり、「妻」だったり、その時々で変わるだけの人なのです。だからこそ、自分の中での父親のイメージが長らく「透明人間」だったのだと思います。そして、この場面では母親の意志を恐れて、救急車を呼んだのではないかな、と思います。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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