鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

〜自我が崩壊する程の痛み〜尿管結石にのたうち回った1日⑤

皆さんこんにちはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「〜父親が救急車を呼んだ理由〜尿管結石にのたうち回った1日④」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、うちの父親が救急車を呼んだ理由についてでしたね〜。もしあの場面で父親が救急車を呼ばず、完全に自分を見捨てていたならどうなっていたのかなぁと考えます。そうなると自分が頼れるのは母親のみになるのですが、当時の自分の母親に対する憎しみは凄まじかったですからね。過激な言葉になってしまいますが「殺したい」くらい憎かったのです。ですから、あそこまでの超緊急事態になっても「母親を頼る」という選択肢はとれなかったと思います。たぶん自分で救急車を呼んでいたでしょうね。




さて、そんな感じで父親が呼んだ救急車が家に着きまして、自分は病院に運ばれていきました。(自分27歳)確か父親もその救急車に同乗した記憶です。救急車に乗れて自分は少し安心しましたが、その車中でも自分の脇腹の痛みは大きくなっていく一方でした。「なんなのこの痛み??」と「どうにかしてくれ!!」って感じで「うんうん」唸っていましたねぇ。そして、病院に担ぎこまれまして、レントゲンなどの検査を一通りやりました。ここでお医者さんからお腹の痛みの正体が「尿管結石」である可能性が高いと言われまして、それを聞いた自分はちょっとホッとした記憶です。その病名は聞いた事がある病名でしたし、そこまで深刻なイメージも無い病気でしたから。ただね〜、病名が判明したからと言っても、痛みの方は全然弱まらず、むしろさらに強くなっていったのです。この時点で自分の脇腹に痛みが発生して2時間くらいは経っていたような記憶です。自分は病室のベッドで「う〜〜ん、う〜〜ん」と大声で唸りながら、激し過ぎる痛みを必死に耐えました。自分の声は隣の病室に響くくらい大きかったと思います。あそこまで激しくなると、あれは「痛み」というより、「差し込み」と言った方が表現が的確な気がします。脇腹をえぐり返してくるような激し過ぎる差し込み。自分はその激し過ぎる差し込みに対して、身体の態勢を土下座をするようなスタイルにしまして、その差し込んでいる部分に手を当てて、なんとか耐えました。手を当てていると少しは差し込みがマシになるような気がしたんですね。しかし、そんなのは気休めに過ぎず、自分は余りの痛みに胃からさっき食べたご飯を何回も戻しましたし、おしっこをすれば血尿がドバドバ出ました。




それでね〜どんどん激しさを増す差し込みによって、自分のメンタルはどんどん削られていきました。病名が分かり、命の危険が無い病気なのは少し安心しましたが、差し込み自体は酷くなる一方で、自分の不安と恐怖も増していくばかり。ここで自分は更なる精神的ダメージを負う事になります。前々回の記事で自分が救急車で担ぎ込まれる前に父親から信じられない暴言を食らい、甚大な精神的ダメージを受けたという話をさせて貰いました。(〜父親の破壊的暴言と自分の凄まじい怒り〜尿管結石にのたうち回った1日③)当然それに対する怒りは凄まじいものがあったのですが、この病院に運び込まれた後の尿管結石の差し込みはその怒りを忘れさせる程の激しさだったんですよ。それでね〜、自分は激しい差し込みを延々と受け続ける事で、不安と恐怖も凄まじく大きくなっていましたから、近くにいたこの父親を頼る事になってしまいました。具体的には父親を呼んで、水を飲ませて貰ったり、差し込みが激しい脇腹をさすって貰ったりしたのです。これだけなら多少の屈辱感くらいで済んだのですが、さらに差し込みが激しくなってくると、自分は更なる不安と恐怖に襲われました。それでですね、まぁなんかこれを書くのは自分的に黒歴史感があるのですが、更なる恐怖に襲われた自分は、父親に自分のベッドに入って貰いまして、添い寝をするような形で脇腹をさすって貰ったのです。そう、余りにも差し込みが酷いものですから、自分はよりによってこの父親に対して「甘えたい」ような気持ちになってしまったのです。この時点においては自分は差し込みを少しでも紛らわせる為にこのような事をして貰わざるを得なかったのですが、これ、痛みが引いた後の自分には凄まじく屈辱的な出来事となりました。だってうちの父親は家で尿管結石の痛みで悶絶する自分に対して「こんな時だけ頼りやがって!!」という信じられない暴言を投げつけてきた人間ですからね。そんな父親にベッドの中に入って貰い、添い寝をして貰わざるを得なかったというのは、ホント屈辱的でした。ですから自分はあの時の尿管結石の差し込みの凄まじさを人に喋る際、「自我を崩壊させる程のものだった」と表現しています。本来なら自分があの父親の暴言に対して感じた怒りは凄まじく、それは「殺したい」程のものでした。しかし、尿管結石の差し込みの激しさは、その「殺したい」程憎い人間に頼らざるを得ない程のモノだったのです。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m




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