鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

中学受験失敗で、虚無感発生(過去編・1988年・12歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「親の金盗んでゲーセン行ったり、万引きしたり(過去編・1988年・12歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、小学校6年生の時に発生した「A先生怒られ事件」が自分のメンタルにどのような影響を与えたのか、考えてみました。今回の記事も引き続いて考えていきたいと思います。まずは、前提としまして、小学校3年生時点での自分のメンタルヘルスを振り返っておきたいと思います。当時のポジティブな感情とネガティヴな感情が以下の通りになります。


「小学校3年生(開業以降)の自分が感じていたポジティブな感情」


①小学校の勉強が得意



「小学校3年生(開業以降)の自分が感じていたネガティブな感情」



❶家庭内における自分という存在のかなりの不安定さ

❷一晩中続く喘息の苦しさ

❸背中の慢性的な疲労

❹喘息のせいでスポーツが全く出来ず、スポーツ系のクラスメートに引け目を感じる

❺スイミングスクールでの離人



そして、①のポジティブな感情と❶〜❺のネガティブな感情を差し引きしますと、「マイナス5」って感じです。これは小学校3年生の時点で心を病んでいた事を意味しています。




さて、そんな自分は小学校5年生4月に、中学受験の為の塾に通い始めました。自分は一生懸命勉強し、成績はどんどん上がっていきました。一時は麻布中学も狙えるという所まで上がったのです。しかし、小学校6年生の夏頃に事件が発生し、自分は天国から地獄に叩き落とされたのです。ある時、自分は算数のテストでかなり良い成績をとり、舞い上がってしまいました。200人中3〜4位くらいのイメージです。そして、授業が始まってからもはしゃぎ続けてしまったのです。すると、塾で一番怖いA先生に「やる気のないヤツは出ていけ!!」、と怒鳴られてしまいました。普段の自分はとても大人しい子供で、先生に注意される事すらない子供でした。先生や大人の顔色を伺いながら生活していましたからね。全くもって怒られ慣れていない子供だったのです。それどころか、先程書きましたように小学校3年生の時点ですでに心を病んでいました。それだけにこの事件はかなりのメンタルダメージとなりました。




その日の帰り道、自分の頭の中は精神的ショックで真っ白。目に映るもの全てがモノクロに見えましたからね。また、自分は親の事を全く信頼していませんでしたから、親にこの事件の事を喋りませんでした。また、友達も皆無でしたし、他に信頼出来る大人もいませんでしたから、この事件の事を誰にも喋る事が出来ませんでした。




自分はこの事件以降、A先生の事が恐ろしくて仕方なくなり、A先生の授業に出られなくなってしまいました。そして、塾をサボり始め、そのサボり癖はどんどん拡大していき、しまいには全ての授業をサボるように。成績は急落です。自分は「家で勉強するから」と親に言い、10月頃塾を辞めました。しかし、自分は勉強する気力を完全に失っていたのです。自分は家で全く勉強する事なく、翌年中学受験を迎え、3校全て落ちたのでした。



この事件によって自分の心の中にはかなりの「虚無感」が発生していました。「頑張ったって全くもって無駄なんだな」的な感覚です。そう、自分は先生に褒められたくて1年半に渡って勉強を一生懸命頑張ったのですが、結果それは「先生に怒鳴られる」という最も望まない結末を迎える事となりました。これは単に中学受験に失敗するよりもメンタルダメージが大きかったと思います。これにより、事件後の自分は問題行動が頻発です。親の金盗んでゲーセン行ったり、親に連絡無しで知り合いの家に泊まったり、本屋で万引きしたり。まぁもう何もかもがどうでも良くなっていた記憶です。とにかくまぁ「虚しかった」。そして、何かもが「物悲しかった」のです。





今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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