鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

睡眠時間が48日周期でズレていく(2004年9月頃・28歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「小3を起点とする記憶の色の違い=小3時の家庭環境の急激な悪化(2004年9月頃・28歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が小3の頃の記憶をサルベージしたって話でした。それにより、「何故小3以降の記憶には色が落ちてしまっているのか?」という謎が解けていったのです。こんな感じで記憶のサルベージを始めてみると様々な人生の謎が徐々に解けていきました。さて、ここら辺でサルベージの話は一旦一段落しまして、ここからは自分がバイトを辞めてからどのような生活を送っていたのかを書いていこうと思います。自分は2004年の9月頃バイトを辞めまして、引きこもりになりました。そして時間のほとんどを記憶のサルベージに使い始めたんですね。睡眠と食事の時間以外は全て机に向かいノートを書いていました。多い日はノート6ページくらい書いていた記憶です。そのうちシャーペンを握る指が痛くなってきまして、このまま書き続けられるか不安なってくる程でした。とにかくこのサルベージという作業は膨大な時間がかかる作業でしたから、ノートに向かって書いていると1〜2時間くらいはあっという間に過ぎていました。自分は記憶のサルベージ以外の事は一切やる気が無かったですから、ノートを3〜4時間書いては疲れて仮眠をとり、また起きては3〜4時間ノートを書いて疲れて仮眠を取る、みたいな生活をしていました。当然外出する気なんか全くありません。月に1度くらいはノートや文房具などの生活必需品を買う為だけに外出する事はありましたが、それ以外で外に出る事はほとんどありませんでした。あ〜、その時ついでに古本屋に寄り、エロ本を買うくらいがささやかな楽しみではありましたね。そして、このサルベージをしている間は家族を含めた人との関わりは一切ありませんでした。当然といえば当然です。何故なら自分は学校生活、社会生活において全く人間関係をつくる事が出来ず、引きこもる事になってしまったのですから。連絡を取る友達などおりません。例外的にプロレス友達としてJ君がいましたが、彼ともこのサルベージをしている期間は連絡を取る気に全くなりませんでした。J君と格闘技やプロレスを観に行くような気力は0でしたからね。そして、家族とも当然全くノーコンタクトです。2003年10月の尿間結石後、自分の家族3人への憎しみは「殺したい」程に増大していましたから、コンタクトをとるどころではありません。自分は彼らの一挙手一投足全てがムカついて仕方ありませんでした。



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当時書いてたノートです。





さて、このように自分は社会や人と全く関わる事なく、ただひたすらに机に向かう生活を続けていました。すると興味深い事が起こったのです。大体においてメンタルが弱った人達は昼夜逆転の生活を送りがちだと思います。自分もバイトしている頃は深夜3〜4時に寝る生活をしていました。ところがバイトを辞めた直後から自分の睡眠時間はどんどん後ろにズレ始めたのです。どういう事かと言うと、深夜4時に寝付いた次の日は深夜4時30分に寝付き、次の日は深夜5時に寝付くといった具合。実際にはこんなかっちり綺麗に30分ずつずれてはいかなかったですが、平均するとこんな感じだったのです。ですからここから12日経つと寝付く時間は昼10時になりまして、そこからさらに12日経つと寝付く時間は夕方の4時になっていました。さらにさらにここから24日経つとまた深夜4時に寝付くようになっているという具合。そう、かっちり48日周期で自分の寝付く時間は移動していったんですね。これはサルベージをしている間ずっとそうでした。なんか自分は人体の不思議を見ているようでしたね。「あぁ人間って全く外の世界との関わりが無くなると、何故か48日周期で睡眠時間が移動していくのか」、と。





話は少し変わりますが、自分は尿間結石直後から睡眠中に周りの音で起こされてしまう事を極度に恐れるようになっていました。尿間結石発症の直接的なきっかけが、隣の部屋の妹が出すドアの音でしたからね。(暴走する被害妄想〜尿管結石にのたうち回った1日①)それからというもの、自分は妹の出すドアの音だけでなく、自分の睡眠を脅かす可能性のある全ての物音に対して過敏な恐怖を感じるようになっていきました。例えば近所の犬の鳴き声とか、飛行機の男とか、父親、母親の出すドアの音にもピリついていましたね。ですからね〜、自分の寝付く時間は先程書いたようにどんどん後ろにズレていったのですが、お日様の出ている時間帯(朝6時〜夕方5時頃)にベッドに入って寝付こうとすると、精神的に辛くて堪らなかったのです。何故ならこの時間帯は周りの人間(近所の人達や家族)が活動している時間帯ですから、当然様々な物音が部屋に飛び込んでくる確率が高い。自分は少しでも自分の睡眠を邪魔する可能性のある物音が許せなかったのです。そして同時にそれらにビビりまくっていました。ですからこの時間帯に寝付こうとするとホント凄まじい恐怖に耐えながら眠りに就かなければならなかったのです。もちろん強い耳栓はしていましたが、それでも耳栓の上から入ってくる物音も有りましたからね。ベッドに入っても恐怖の中でなかなか寝付けず、1〜2時間経っても寝れない事がザラだった記憶です。また、夕方5時〜深夜2時頃になりますと近所の人達の物音は少なくなりますが、代わりに妹が家に帰ってきますので、自分は妹の出すドア音に対して凄まじい恐怖と憎しみを感じながら寝付かなければなりませんでした。もうホント自分の妹に対する憎しみは凄まじかったですからね。サルベージ中「妹死ね!」とか「妹殺す!」とか1万回以上書いたのではないでしょうか。ここら辺のサルベージ中の家族に対する憎しみの気持ちはまた別の記事で書きたいと思います。こんな感じで朝6時〜深夜2時の時間帯は様々な物音で自分の睡眠が邪魔される可能性がありましたから、自分はその凄まじい恐怖と戦いながら寝付かなければなりませんでした。唯一深夜2時〜朝6時に寝付く時は音の恐怖はそこまで感じる事なく寝れましたね。深夜2時以降は妹が寝付いていましたから、妹のドア音で起こされるリスクは少なかったですし、近所の人達の物音もありません。とは言ってもベッドに入ると耳栓の上から謎の電波音が聞こえてきて、それが気になって眠れない事もあったりしました。耳栓を外して、外を探しても何の音なのが分からない謎の電波音。まぁあの頃の自分の精神状態は追い込まれまくっていましたから、幻聴の可能性もかなりあったと思います。当時の自分はサルベージに関しては使命感と情熱を持ってやっていましたが、それ以外の面ではどこに行っても人間関係を作れなかった社会不適合者中の社会不適合者であり、長年の鬱で心身がぶっ壊れまくった廃人の中の廃人でしたからね。






今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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