鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。skipper1242でツイッターもやってます。

「父親突入事件」の後の凄まじい予期不安〜引きこもり中の鬱の諸症状⑨(過去編・2005年1月・29歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表&鬱悪化のフローチャートも併せてどうぞ。では、前回の記事「 親に記憶のサルベージの意味を全く説明出来ない〜引きこもり中の鬱の諸症状⑨(過去編・2005年1月・29歳) 」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が引きこもりの期間に感じていた、父親絡みの「被害妄想」についての話でした。当時の自分は29歳です。全ての社会生活と家族関係から脱落し、部屋に引きこもって過去の記憶をノートにひたすら書く日々を過ごしていました。



さて、自分が部屋に引きこもってから半年後くらいでしょうか。父親がドア越しにこう声を掛けてきたのです。


「〇〇(自分の名前)部屋で何やってるんだ???」


自分はその問い掛けを聞いた瞬間にはらわたが煮え繰り返りました。何故なら自分は1年半前の「尿管結石事件」の際の父親の暴言を忘れてはいません。あの事件によって自分は父親に対して「殺したい」程の憎しみを感じる様になっていたのです。(事件の詳細はこちら)



また、そもそも自分は幼い頃から父親に信頼や愛情を全く感じる事なく育ってきていました。幼い自分が父親と遊んで貰った記憶は皆無ですし、声を掛けられた記憶すらありません。父親は自分に対して全く無関心でしたから、自分も父親に全く興味がありませんでした。自分にとって父親は、「お金を稼いでくる透明人間」だったのです。


ですから、自分が引きこもっている時期に、父親がドア越しに声を掛けてきた際、はらわたが煮え繰り返ったのです。「これまで散々自分に対して無関心だった癖に、何をここに来て父親ずらしてやがるんだ??」、と。もちろん、「尿管結石事件」の際の凄まじい恨みも忘れてはいません。自分はその問い掛けをガン無視しました。


しかし、それからも2週間おきくらいにドア越しの問い掛けは続き、その度に自分ははらわたが煮え繰り返っていたのです。そして、4度目の問い掛けの時にとうとう我慢できなくなり、こう怒鳴り返しました。


「うっせぇ!!!俺は俺でやってるだからほっとけ!!!」


すると、父親の方もキレたようで、「お前いつまで部屋にこもってるんだ!!!」と怒鳴ってきました。それに対して自分は、


「うっせぇ!!!俺は俺でやってるだからほっとけ!!!」


と同じ事を怒鳴り返した記憶です。そして、そこから2〜3回怒鳴り合いのラリーが続きましたかね。すると父親は「お前はホントに何をやってるんだ!!!」と怒鳴り、ドアを開けて、自分の部屋に突入してこようとしたのです。自分は慌ててドアの前に飛んで行き、ドアを閉めようとドアを押し返しました。そこで、ドアを挟んでの攻防戦が続きました。自分は部屋に入ってこようとする父親を押し返そうと、ドアを必死に押し返し続けました。



そのような攻防戦が5分ほど続いたのでしょうか。父親は自分の部屋に入るのを諦め、去っていきました。その後の自分の心の中はもうパニック&恐慌状態でしたね。まず無理矢理部屋に入ってこようとした父親の行動に対する殺意が凄まじい事になっていました。ただでさえ自分は父親に対して「殺したい」程の憎しみを感じていたのです。そんな父親が自分の部屋に無理矢理入ってこようとしてきたのですから、もうその憎しみは測りきれないものがありました。



また、何度も書いていますようにこの時の自分は「被害妄想」が病的(×6倍)に酷くなっていました。これまでの記事でそれらをまとめてありますので、引用したいと思います。自分が引きこもっていた時期の「寝付く際の被害妄想」と、「サッカー日本代表戦に対する被害妄想」です。



「寝付く際の被害妄想」


①当時の自分は睡眠を取っても取っても酷い疲労感が全く取れず、睡眠への欲求が底無しになっていた。自分にとって睡眠は、自分の生命と同じ価値を持っており、「睡眠を妨害される」=「生命を激しく傷付けられる」となっていた。故に自分の睡眠を妨害する可能性のある音に対して、「病的(×6倍)な怯え」と「病的(×6倍)な憎しみ」を感じる事に。


そして、実際に自分が睡眠を取ろうと布団の中に入ると、瞼を閉じた途端、上記の怯えと憎しみに襲われてしまい。全く眠る事が出来ない。実際にはまだ「睡眠を妨害する音」は発生していないのだが、その発生を先取りして考えてしまい、予期不安(予期憎悪)が発生。これにより自分の身体は恐怖と緊張でガチガチに強ばり、冷や汗ダラダラで覚醒してしまう。睡眠を取る際には毎回1時間、この恐怖と緊張に必死に耐え続けないと、寝付く事が出来なかった。


また、当時の自分は睡眠への欲求が底無しになっており、身体が無限に睡眠を要求していた。しかし、いざ実際に睡眠を取ろうとすると、上記の如く「病的(×6倍)な怯え」と「病的(×6倍)な憎しみ」に襲われ、全く寝付く事が出来ない。身体は無限に睡眠を欲しているにも関わらず、いざ睡眠を取ろうとすると、耐え難い精神的苦痛に襲われてしまう。これは自分の身体の中で起こっていた「激し過ぎる自己矛盾」であり、これによるメンタルダメージも甚大だった。



「サッカーの日本代表戦に感じる被害妄想」


①ノートにひたすら過去のトラウマを書いていく事で感じるストレス。それは空手部時代を始めとする数々のトラウマを再体験するという事であり、これだけでも発狂もののストレス。


②当時の自分は母親と妹に対して「殺したい」程の憎しみを感じていた。そんな母親と妹が仲良さげにサッカーを見ている事が許せない。


③自分は全ての社会生活と家族関係から脱落して、ひたすらトラウマと向かい合っていた。一方、母親と妹はお気楽にサッカーを楽しんでいる。この格差に対する凄まじい憎しみ。


④深夜の時間帯(1時以降)に騒がれることに対する憎しみ。普段この時間帯は、他の家族は寝ていて、自分一人だけの落ち着く時間帯。その落ち着く時間帯を土足で荒らされているような激しい憎しみ。


⑤自分が全ての社会生活と家族関係から脱落し、ひたすら過去のトラウマをノートに書いている時に、日本全国が日本戦の話でお祭り騒ぎになっている。それに対する悲しさと孤立感と絶望感。



このように当時の自分は病的(×6倍)な被害妄想に支配されていました。そして、この状態で父親が自分の部屋に無理矢理入ってこようとしたのです。当然この事態に対しても病的(×6倍)な被害妄想が発症しました。まずはこの事件そのものがとても許せない行為でした。ドア越しの声掛けでさえはらわたが煮え繰り返っている状況なのに、さらに父親が部屋に無理矢理入って来ようとしたのですからね。凄まじい殺意の衝動が自分の身体を駆け巡りました。



また、もう一つの被害妄想としまして、自分
は事件後に凄まじい予期不安に襲われる事にもなりました。何故ならこのような事件が起こった以上、今後いつまた父親が無理矢理部屋に入ってこようとするか分からないからです。もしかしたら、寝ている時に入ってくるかもしれません。先程貼ったコピペにあります様に、自分はただでさえ被害妄想が病的(×6倍)に酷くなっていました。今後その様な事態が起こる危険性を想像すると恐ろしくて仕方がなくなったのです。そして、その予期不安によって、ますます寝付きが悪くなっていったのでした。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!




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