鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

引っ越し当日(2006年6月26日・30歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「15年間住み続けた部屋への限りない愛着(2006年5月・30歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が自分の部屋に対してかなりの愛着を持っていた、という話でした。これまで書いてきました通り自分は引っ越しや一人暮らしに対して致命的なストレスを感じていたのですが、その30%くらいはこの部屋を奪われる辛さだったような印象です。ここで改めて自分が引っ越しに感じていた不安感のコピペを貼らせて頂きたいと思います。そして、そこに「とても愛着のある自分の部屋を離れなければならない」を付け加えたいと思います。



引っ越しについていく場合の不安感



①15年間住み続けた凄まじく愛着のある自分の部屋を奪われる。


②その準備において自分の時間やエネルギーを割かなければならない。


③様々な連絡事項について家族とコミュニケーションをとらねばならない。


④記憶のサルベージ(言語化)によって自分の精神年齢の成長が小3で止まっていたという事が判明。自分がまだ精神的によちよち歩きの状態だというタイミングの問題。


⑤「殺しても殺し足りない」程憎い家族とその後も一つ屋根の下で住み続けなければならない。




よくまとまりました。さて、話を引っ越し当日に進めたいと思います。自分は前夜一睡も出来ず、眠気と疲労感が酷い状態でベッドから起き上がりました。ただし引っ越し当日という事で妙な高揚感もあり、なんとか動ける状態ではありました。とりあえず自分は引っ越し業者が来る前に、自分で持っていける荷物を原付で運んだ記憶です。あれは朝の8時頃でしたね。朝の空気の中を原付で扇風機を運んだ記憶があります。扇風機は原付に乗せて運ぶにはギリギリの大きさで、けっこうハンドル操作が難しかった記憶もあります。なんで引っ越し業者に任せずに自分で運んだのかは謎です。




その後自分の部屋に戻ると10時になり、引っ越し業者さんがやってきました。いよいよ引っ越しの始まりです。業者さんは手際良く自分の部屋に積まれた段ボールを運び出していきます。自分の部屋に積まれた段ボールは15箱くらいでしたかね。段ボールの中身は主に本や服や机の引き出しの中の雑貨でした。もちろん自分がこれまで書き続けているノート40冊も持っていきます。段ボールが全て運ばれると次は家具です。机やベッドや本棚やTVが運び出されていきます。これらを運び終わると自分の部屋の中は空っぽになってしまいました。自分はそれを見て「あっという間に部屋が空っぽになってしまったなぁ」と思いました。自分が15年間血と汗と涙を流しまくったこの部屋とお別れの時が近付いていました。前回の記事にも書きましたが、この部屋で過ごした15年間の中で特に思い出深いのは記憶のサルベージの1年間です。この部屋は自分の事を守ってくれましたし、おかげで自分は生まれ変わる事ができました。自分はこの部屋に何度もお礼を言いたい気持ちでしたね。そう、いつ出来たか分からない部屋の壁の染みさえも愛おしかったです。自分は空っぽになった部屋をカメラで撮りまくりました。




写真を撮り終わるといよいよ自分はこの部屋を後にする事にしました。自分は最後に愛おしそうに部屋の壁を撫で、「これまで本当に本当に有難う」と丁寧にお礼を言い、深々と頭を下げました。そして部屋の壁にキスをして、部屋を後にしたのでした。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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