鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

ゲームボーイ依存だが、ゲームボーイ友達は皆無(過去編・1989年・13歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「ゲーム依存の責任はゲームではなく、家庭環境(過去編・1989年・13歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分のゲーム依存の話でした。自分は中学時代に携帯ゲーム機「ゲームボーイ」にハマり、その世界に現実逃避してしまいました。何故なら、当時の自分は現実世界の何もかもが虚しく、何もかもが物悲しかったからです。中学時代の自分のメンタルヘルスは以下の通りになります。


「中学時代(『自己紹介事件』後)のポジティブな感情」



①学校の勉強が得意



「中学時代(『自己紹介事件』後)のネガティブな感情」



❶家庭内における自分という存在のかなりの不安定さ

❷一晩中続く喘息の苦しさ

❸背中の慢性的な疲労

❹喘息のせいでスポーツが全く出来ず、スポーツ系のクラスメートに引け目を感じる

❺小学校6年生の時の「A先生怒られ事件」によるかなりの虚無感+この事件を誰にも喋る事が出来ない孤独感

❻中学校入学時の「自己紹介事件」による「やらかした感」と「恐怖感」+ この事件を誰にも喋る事が出来ない孤独感


(❶〜❹は小学校3年生時点ですでに発生)



このように自分は中学入学の時点で心を病んでいました。そして、中学入学と同時に発売されたのが「ゲームボーイ」です。そう、中学入学と同時に絶好の現実逃避アイテムが発売されてしまいました。自分はその世界に耽溺しました。ゲーム漬けの毎日です。学校のある日は帰ってきてから2〜3時間やってましたし、休みの日は5〜6時間、そして夏休みや春休みはなんかはもはやゲームの世界の住人になったかのような感覚がありました。自分にとっては現実世界よりゲーム世界の方が100倍居心地の良い世界だったのです。ゲームの世界自体がとても楽しい世界でしたし、現実における虚無感を忘れ、現実逃避している事での陶酔感もかなりのものがありました。




しかし、甘美な現実逃避の代償は高くつきました。自分は中学校の3年間、ゲームボーイの世界に現実逃避し続けたのですが、長時間のゲームボーイによって、視力が眼鏡では矯正不能な程に大幅に下がり、円錐角膜を発症。さらに幼い頃から続く「背中の慢性的な疲労感」は、「背中の慢性的な痛み」に悪化していったのです。そう、ですからこれらの代償は「ゲームボーイによる現実逃避の代償」ではあるのですが、別の言い方も出来ると思います。そう、これは以下の病んだメンタルヘルスが肉体に反映したもの、とも言えると思います。



「中学時代(『自己紹介事件』後)のポジティブな感情」



①学校の勉強が得意



「中学時代(『自己紹介事件』後)のネガティブな感情」



❶家庭内における自分という存在のかなりの不安定さ

❷一晩中続く喘息の苦しさ

❸背中の慢性的な疲労

❹喘息のせいでスポーツが全く出来ず、スポーツ系のクラスメートに引け目を感じる

❺小学校6年生の時の「A先生怒られ事件」によるかなりの虚無感+この事件を誰にも喋る事が出来ない孤独感

❻中学校入学時の「自己紹介事件」による「やらかした感」と「恐怖感」+ この事件を誰にも喋る事が出来ない孤独感


(❶〜❹は小学校3年生時点ですでに発生)



このように中学時代の自分は上記のようにけっこう心を病んでいる状態でした。だからこそ、ゲームボーイに現実逃避し、先程の肉体的な代償を払う事となったのです。う〜ん、虚しい。そして、自分はゲームボーイに現実逃避しながらも、一応中学校には通っていました。ただし、中学校でゲームボーイの事を喋れる友達は一人もいません。というか、小学校時代にだって、ファミコンの事を喋る友達は一人もいませんでした。自分はゲームは大好きでしたが、ゲームの何が面白いのかを全く喋る事が出来なかったのです。




そして、自分はゲームボーイに溺れながらも一応中学校に通ってはいましたが、中学校生活はゲームの世界に比べると手応えがまるでなく、なんとなく物悲しいものだった記憶です。そう、何せ吹奏楽部に入部早々、「自己紹介事件」で自分のメンタルはさらに病んでしまいましたからね。(「自己紹介事件」の概要はこちらです。)自分はこの事件を誰にも相談する事が出来ませんでしたから、この事件による精神的ショックもまた何も消化される事もなく、記憶の海の底に沈んで行く事となりました。




自分はこの事件後、自分が吹奏楽部の先輩達に「生意気な奴」だと思われるのではないかと感じました。そして、最悪、先輩達からいじめられるのではないかと思い、恐ろしくて仕方なくなったのです。あれはかなりの恐怖感だったと記憶しています。そう、この事件から2〜3ヶ月間は中学校に行くのが恐ろしくて仕方なかった記憶です。中学に着くと、ビクビクしながら過ごしていました。そして、放課後の部活の時間になると、自分は吹奏楽部の先輩達に対して必要以上に従順にしていた記憶です。そう、「自分は生意気なやつじゃ無いんですよ」アピールをしていました。そのアピールが功を奏したのか、それとも先輩達が優しかったのか、その後自分が先輩達からいじめられたり、意地悪をされたりするような事は起こりませんでした。




しかし、だからといってこの事件で出来た心の傷が癒える事は全くありませんでした。自分の心身は以下の時系列で着々と病んでいき、高校1年生の時の暴言事件で鬱を発症、という流れになります。




小学校3年生の時の家庭環境の急激な悪化



小学校6年生の時の「A先生怒られ事件」



中学入学時の「自己紹介事件」

中学校3年間の「ゲームボーイ依存」




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





↑クリックして頂くとランキングアップ&アクセス数アップします。ご協力よろしくお願いします。







にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ




PVアクセスランキング にほんブログ村