鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

被害妄想からの逆ギレ(過去編・1993年・17歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「自己紹介でブチ切れ事件(過去編・1993年・17歳) 」の続きを書かせて頂きます。


前回の記事は、自分が自己紹介の際に傍にあった机を思い切り蹴飛ばし、後輩の女の子3人を怯えさせてしまった、という話でした。今回の記事も改めてこの事件を振り返っていきます。自分は高校2年生に進級したタイミングで、吹奏楽部内で担当楽器を変えました。「暴言事件」の記憶が色濃く残るサックスパートに在籍し続けるのは、自分のメンタルが到底持たない状況だったからです。そこで、自分は担当楽器をサックスからホルンに変えたのでした。しかし、変えた直後「寄せ書き事件」が起こり、自分は再び「暴言事件」の恐怖の渦の中に巻き込まれていきました。「寄せ書き事件」と「暴言事件」、この2つの事件については、前々回の記事に短くまとめてありますので、興味のある方はご覧下さい。



自分は心機一転ホルンパートでやり直そうとしたのですが、その直後に「寄せ書き事件」が起こり、出鼻を凄まじく挫かれてしまいました。自分は「暴言事件」の恐怖から逃れようとホルンパートに移ったのですが、その移動が原因で再び「暴言事件」の恐怖に囚われる事になったのです。その恐怖により自分のメンタルは急速に悪化し、喘息も急速に悪化していきました。自分は喘息の苦しさで一睡も出来ず、高校に向かい、意識朦朧とした状態で高校生活を送る事となりました。ですから、高校にいる時の自分は以下の2つの苦痛がホントに辛くて辛くて仕方無かったのです。


①「睡眠不足」と「背中の慢性的な痛み」による肉体的苦痛


②「再び蘇った暴言事件の恐怖」と「それを誰にも喋れない孤独感」による精神的苦痛



高校にいる時の自分の意識の95%は、これらの肉体的・精神的苦痛に占領されており、意識が朦朧としているのです。そりゃめまいも頻発するはずです。



そして、自分はこのような状態でホルンパートに後輩の1年生の女の子3人を迎える事となりました。ただでさえ、この時の自分の意識は様々な苦痛で意識朦朧としていたのですが、その上異性の後輩が3人も出来てしまいました。この時の自分は同性の大人しめのクラスメートとのコミュニケーションすら不可能となっていました。自分がクラスにいる時に休み時間になると、誰ともコミュニケーションが取れません。ですから、寝たフリをしたり、本を読んでいるフリをしたり、図書館に逃げたりして、時間を潰していたのです。自分は「暴言事件」以降さらに自分に対する自信を失っていましたから、もはや同性の大人しめのクラスメートとすら何を喋って良いのか分からなくなっていました。そんな自分に異性の後輩が出来てしまった上に、さらにその後輩は3人もいるのです。どう考えても大幅にキャパシティオーバーです。コミュニケーションが取れるはずがありません。



ですから、自分はホルンパートに女の子の後輩3人が入ると聞いた際、かなり嫌な予感がしたのを覚えています。そして、自分はかなり不安定でフワフワしたら気持ちの中、後輩たちとの初顔合わせに臨んだのです。ここで事件は起こりました。お互いの自己紹介をしている際に、何が理由かは忘れてしまいましたが、後輩の女の子達3人が笑ったんですね。それで自分はムカついてしまったのです。なんか自分の事をかなり馬鹿にされたような気持ちになったのです。ただし、この時の女の子達の笑いにはそのような「嘲笑」の意図は全く無かったと思います。入ってきたばかりの1年生の女の子達が、そのような笑いをするはずがないですからね。自分はこの後1年間この女の子達と一緒にホルンをやって行ったのですが、皆いい子でした。



そう、自分がこの時感じた「嘲笑」、これは例の「被害妄想的な嘲笑感」なのです。あの頃の自分はとにかく物事を最悪に最悪に考える癖が付いていました。遡る事ちょうど1年前にもこの「被害妄想的な嘲笑感」が発動し、「歓迎会逃亡事件」が起きてしまっていたのです。



自分は幼い頃から「自分に対する自信」をどんどん失い続ける人生を送っていたのですが、「自分に対する自信」が無くなっていけばいく程「被害妄想」が酷くなったいきました。そして、中学生になると自分に対する自信を完全に失っていました。加えて高校に入ると「暴言事件」と「寄せ書き事件」が立て続けに起こりました。この事件によって自分がさらに「自分に対する自信」を大幅に喪失したのは間違いありません。事件後、恐怖のパニック状態が続き、自分は上記の①、②の苦痛で意識朦朧としていましたからね。このような状態ではさらに「自分に対する自信」は失われていきます。あまりにも自信を失っていますから、「自分で自分の事を無意識的にかなり馬鹿にしているような状態」だったと思います。自分自身が自分の価値を全く信じれていませんですし、自己評価も大幅なマイナスな状態です。すると今度は「他人も自分の事をかなり馬鹿にしているに違いない」と感じるようになっていたのです。



そう、ここまで自信を喪失すると、自分だけでなく他人までも自分の事をかなり馬鹿にしているような気持ちになっていたのです。そこには根拠なんてありません。「他人も隙あらば自分の事をかなり馬鹿にしているに違いない」と勝手に思い込んでしまうのです。ですから、このホルンパートでの自己紹介の場面においても、後輩達が笑ったのを見て、自分は無根拠に自分がかなり馬鹿にされてると感じてしまったのです。そこで自分は「舐められてたまるか!」と勝手に憤り、傍にあった思い切り机を蹴ってしまったのです。



後輩の女の子達3人はそれを見てさぞかし怯えてしまった事だろうと思います。初対面の先輩である自分が急にキレてしまい、訳分からなかった事でしょう。当時の自分だって、なんで自分が急にキレたのか訳分かっていません。そして、場の空気は凍りつき、そのままその自己紹介の場は終わっていったのでした。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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