鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーション、発達障害について

30年間鬱と闘病した46歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。引きこもり歴15年、就職経験無し、発達障害歴&彼女いない歴45年。ツイッターを@skipper1242でやってましたが凍結されましたので、現在は@skipper954954でやってます。

自己紹介でブチ切れ事件(過去編・1993年・17歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「女の子の後輩が3人も出来てテンパリまくり(過去編・1993年・17歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が高校2年に上がり、吹奏楽部のホルンパートで心機一転やり直しを図った、という話です。しかし、やり直しを図った直後に「寄せ書き事件」が起こり、自分のメンタルは再び恐怖の渦の中に巻き込まれていってしまいました。「寄せ書き事件」とは「暴言事件」の後日談となる事件です。この2つの事件については、前回の記事にまとめてありますので、興味のある方はご覧下さい。



自分はこの「寄せ書き事件」によって再びパニック状態に陥り、メンタルは急激に悪化していきました。当然喘息は悪化し、呼吸の苦しさで夜一睡も出来ません。自分の中に「高校を休む」という選択肢は皆無でしたから、その状態で高校に向かいます。ですから、高校にいる時の自分は以下の2つの苦痛がホントに辛くて辛くて仕方無かったのです。


・「睡眠不足」と「背中の慢性的な痛み」による肉体的苦痛


・「再び蘇った暴言事件の恐怖」と「それを誰にも喋れない孤独感」による精神的苦痛



高校にいる時の自分の意識の95%は、これらの肉体的・精神的苦痛に占領されており、意識が朦朧としているのです。そりゃめまいも頻発するはずです。



このように自分は「寄せ書き事件」をきっかけにして、上記の意識朦朧とした状態に陥ってしまいました。さらにここのタイミングでホルンパートに女の子の後輩3人が入ってくる事となったのです。これもホントキツかった。完全にこの状況は自分のキャパシティをオーバーしている状況でした。ただでさえ自分は様々な苦痛と恐怖で意識が朦朧としていました。その上、自分が最も苦手とする異性の後輩が3人も入ってきてしまったのです。とてもじゃないけど、手に負えません。だって中学時代の自分は異性の後輩1人とすらまともにコミュニケーションが取れなかったのです。自分はホルンパートに異性の後輩3人が入ってくると聞き、絶望感で気が遠くなった記憶があります。



さて、そうこうしているうちに4月のある日、実際にホルンパートに後輩の女の子3人がやってきました。やってきたのは高校の中の教室です。うちの吹奏楽部は放課後に空いた教室で練習をしていました。そこでとりあえず自分達は挨拶を済ませ、自己紹介を始めました。しかし、早くも自分は何が何やら訳が分からなくなっており、すごいフワフワと不安定な気持ちだったのを覚えています。そして、そこで自分はまたやらかしてしまったのです。どう言う話の流れだったのか覚えていませんが、何かがきっかけで後輩の女の子達が笑ったんですね。それでね〜、なんか自分その笑いに急にムカついたんですよ。そう、自分が後輩の女の子達に舐められているような気がしてしまったのです。そう、以前の事件で発動した「被害妄想的な嘲笑感」がここでも発動してしまったのです。



そこで自分は急に「うるさい!!」とブチキレ、傍の机を思い切りを蹴ってしまったのです。後輩の女の子達はポカーンとした顔で自分を見ていた記憶です。そりゃ訳分からなかった事でしょう。和やかに自己紹介をしていたら、急に先輩である初対面の自分がブチ切れた訳ですからね。たぶん女の子達は怯えてしまった事でしょう。そこから先の事は覚えていないのですが、なんかもう凍り付いた空気の中でとりあえずその日は終わった記憶です。



今から考えるとホントに後輩の女の子達には申し訳ない事をしてしまったと思います。そして、またもや自分は自己紹介の時間にやらかしてしまいました。自分は過去にも中学の吹奏楽部の自己紹介でもやらかしていましたし、高1の時のサックスパートの歓迎会でもやらかしていますからね。ホントこういう場になると場の空気が全く読めず、衝動的にやらかしてしまうのです。しかもサックスパートの歓迎会に引き続いて、またもや「被害妄想的な嘲笑感」が発動してのやらかしです。つくづく自分のアホさ加減が嫌になります。



まぁでもそれも仕方がない事だったと思います。自分は幼い頃より「自分に対する自信」をどんどん失っていく人生を歩んでいました。最初の原因は家庭環境にありましたし、その後は様々な事件により、自分はどんどん自信をエグられていったのです。そして、「自分に対する自信」をエグられていけばいく程「被害妄想」は酷くなっていきました。では、ここで久しぶりに自分のメンタル数値が悪化していく様子を示したフローチャートを貼ってみたいと思います。このメンタル数値は言い換えますと、「自分に対する自信」を数値化したものです。



3歳くらいの時に起きたとある事件により、親に対して自分の感情や欲求を言うのを諦める(プラスマイナス0)
(とある事件の概要は こちら)

小学校3年生の時の家庭環境の急激な悪化(マイナス5)
(詳細はこちら)


小学校3、4年生の時のスイミングスクールにおける離人(マイナス5)
(詳細はこちら)



小学校6年生の時の「A先生怒られ事件」 (マイナス8)
(概要はこちら)



中学入学時の「自己紹介事件」(マイナス10)
(概要はこちら)

中学校3年間の「ゲームボーイ依存」(マイナス10)
(概要はこちら)

中学校のクラスにおける「被害妄想的ないじめの予期不安」(マイナス10)
(概要はこちら)

高校入学時に起こった「歓迎会逃亡事件」(マイナス11)
(概要はこちら)

高校1年生の秋に起こった「暴言事件」(マイナス16)
(概要はこちら)



このように自分の中の「自分に対する自信」は年齢を重ねるごとにどんどん失われていき、それと同時に「被害妄想」が酷くなっていきました。「自分に対する自信」は、高校1年生の時に起こった「暴言事件」の時点で「マイナス16」まで減っていましたが、半年後に起こった「寄せ書き事件」でさらに減ったのは間違いありません。これはつまり「被害妄想」もさらに悪化したという事です。そして、その悪化した「被害妄想」が、今回の事件を起こした、という事になります。



今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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