鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。skipper1242でツイッターもやってます。

クソみたいな人生でもそれを認識出来ていないよりは余程マシ(過去編・2004年9月・28歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表&鬱悪化のフローチャートも併せてどうぞ。では、前回の記事「人生の因果関係が少しずつ繋がり始める(過去編・2004年9月・28歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が部屋に引きこもって過去の記憶をノートにひたすら書いていった、という話でした。この時の自分は28歳です。2004年の9月に古本屋バイトを辞め、全ての社会生活と家族関係から脱落しました。そこからは起きている時間のほとんどを記憶のサルベージ(言語化)に割いていました。



自分はその中でこれまでの人生に関する大きな発見をしていきました。この時点での大きな発見は以下の5つになります。



①自分のこれまでの28年間の人生が大失敗に終わった。

②高校時代に「鬱」を発症していた。

③「大学空手部の3年間」もまるで無駄であった。

④大学空手部の3年間で鬱がさらに3倍悪化した。心身は「鬱の廃人」状態に陥っていた。


⑤大学空手部引退後の自分は以下の思いを支えにして生きていた。


「自分はあの過酷過ぎる空手部の3年間を耐えたのだから、体力が付いているはず!!そして、体力が付いているなら、自分に自信が付き、社会のどこかに居場所が作れるはず!!」


しかし、実際には自分の心身は「鬱の廃人」状態に陥っており、「虚構の体力と自信」を捏造してすがっていただけだった。


⑥ 自分の人生はただひたすらに人間関係で挫折を繰り返し、大学空手部も大失敗し、心身が壊れていくだけの人生だった。



これらの発見は、当時の自分にとってホントに大きかった印象です。これら6つを言語化する際には多大な精神的苦痛を伴いましたが、一度言語化してしまうと、納得してしまう事ばかりでした。そう、言語化して見えて来た人生は、ひたすらクソみたいな人生でしたが、それによって以下の疑問の答えに近づいていっている手応えがありました。


「何故に自分の人生はどこにも居場所が作れず、社会から脱落する羽目になってしまったのか??」


そう、今の自分は結果的に部屋に引きこもっているのですから、そこまでの人生がポジティブなはずがありません。むしろ、途中がクソであればある程、その結果(引きこもり)に繋がっている手応えがありました。そして、言語化して見えて来た人生がクソであっても、それを全く認識出来ていない人生よりは全然マシだという感覚が自分の中にありました。何故ならそれまでの自分は「自分自身がどのような人生を送ってきたのか」全く知らなかったからです。



例えるならそれは、視界0mの真っ白な濃霧の中を生きてきたような人生です。足元も行く先も全く見えない中、ただ闇雲に全力で走り回っていました。何も見えていませんから、至る所ですっ転んで怪我をしまくり、満身創痍になっていった人生です。ですから、全く知らなかった自分の過去を知っていく事は、とても新鮮で面白い行為でした。何せ自分自身の話です。言語化していけばいく程その周りの霧が晴れていきました。それで見えてきたものがクソみたいな人生だったとしても、霧が晴れていく事に違いはありません。そこには知的な面白さがあったのです。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!




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