鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。skipper1242でツイッターもやってます。

14年ぶりに食欲復活(過去編・2005年9月・29歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表&鬱悪化のフローチャートも併せてどうぞ。では、前回の記事「パチンコ換金所での被害妄想(過去編・2005年9月・29歳) 」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分がパチンコで稼いでいた時期の被害妄想について書いてみました。当時の自分は29歳です。1年間の引きこもり生活を脱し、カウンセリング&パチンコ生活に突入しようとしていました。しかし、当時の自分は「鬱の廃人」×2倍状態に陥っていました。



まずこの「鬱の廃人」状態について説明したいと思います。遡る事7年前、自分は1つ目の大学時代に「鬱の廃人」状態に陥りました。当時自分は空手部に所属していたのですが、そこでの練習に死の恐怖を感じ続け、3年間を終えてみると、心身は「鬱の廃人」状態に陥っていました。(この時代の12個の鬱の諸症状はこちら)そして、その後自分は大学を移り大学生活をやり直しました。しかし、そこでも人間関係が全く作れず、7年間で鬱はさらに2倍悪化していました。ですから、29歳の自分はパチンコを打ちつつも、その「鬱の廃人」×2倍状態に苦しみまくっていたのです。



ではここで当時の鬱の諸症状をおさらいしておこうと思います。


「パチンコ稼業中の8個の鬱の諸症状(短縮ver)」

①被害妄想による寝付きの酷さ

②食欲消失

③酷過ぎる冷え性

④慢性的な背中の激痛と眠気

⑤自殺願望の悪化

⑥慢性的な口内炎

⑦散歩を30分しただけで翌日の体調がぶっ壊れる。

⑧「父親突入事件」絡みの精神的ダメージと被害妄想


(それぞれの症状の詳細はこちら)


上記の諸症状は、引きこもり時の鬱の諸症状をほぼそのまま引用しています。引きこもりの1年間で鬱は全く回復しなかったからです。これらの諸症状の中で最も印象に残っているものは、①、⑧の「被害妄想」です。これがホントにキツかった。前回の記事に書きましたように、パチンコで勝った日はこの被害妄想のせいで、換金所に行くのが怖くて怖くてたまりませんでした。そして、自分は普通にパチンコを打っているだけでも、周りの店員さんやお客さんが自分の事を馬鹿にし、迫害してこようとしているように思えてしまうのです。そこには根拠は全くありません。なんせ「妄想」ですからね。



もちろん、①、⑧以外の諸症状も本当に辛くて仕方ありませんでした。「③冷え性」も酷く、デニムの下に股引き2枚とジャージ2枚を履き、さらにカイロを付けてパチンコを打っていました。そして、被害妄想と並んで最も辛かった症状は、「④慢性的な背中の激痛と眠気」です。「被害妄想」と「背中の激痛」は連動していましたから、「背中の激痛」が酷くなると必ず「被害妄想」も酷くなっていた記憶です。


上記の中に「②食欲消失」とありますが、食欲はパチンコ稼業中には復活していました。よって次から除外したいと思います。そう、当時の自分の食欲はパチンコ稼業を再開してからと言うもの、14年ぶりくらいに復活していたのです。自分は上記の諸症状に苦しみつつも、一方ではこのカウンセリング&パチンコ生活にかつてない希望とやる気を感じていました。その希望ややる気が食欲を復活させていたような気がします。



以前の記事に書きましたが、自分はその日のパチンコ稼業が終わると、街の中華屋さんで夕食を食べる事がよくあったのですが、その時の野菜炒めの旨さと言ったら無かったですからね。なんというかこの時の自分の心の中の「今日も働いたなぁ」という充実感に満たされており、そんな心理状態の中で食べる野菜炒めは格別だったのを覚えています。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!




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