鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間鬱と闘病した45歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。引きこもり歴15年、就職経験無し、彼女いない歴45年。skipper1242でツイッターもやってます。

「トラウマ歩きの最中に発生していたポジティブな感情①〜⑥」

「トラウマ歩きの最中に発生していたポジティブな感情①〜⑥」


①過去のトラウマに対するかなりの懐かしさ(愛着)

[説明]「トラウマ歩き」より遡る事3年前。自分は社会生活と家族関係から完全に脱落し、部屋に引きこもった。そこで自分はノートに過去のトラウマを全て言語化し、その因果関係を繋いでいった。1年間の引きこもりの末に自分は大学空手部生活について以下の結論に辿り着いた。


『自分の空手部生活は、3年間に渡って「殺されるかもしれない恐怖」と「孤独感」と「無力感」と「虚無感」と「絶望感」に晒され続け、鬱を3倍に悪化させただけの大学生活だった。しかし、『必死に必死に生きていた』という一点において、あれはあれで自分の青春時代だったのだ。』



この結論によって、自分は過去のトラウマ全てに対して愛着を感じるようになっていた。よって「トラウマ歩き」の最中にそれを思い出すと、かなりの懐かしさ(愛着)を感じた。加えて、思い出すトラウマが辛ければ辛いほど、より深い懐かしさ(愛着)をそれに感じるようにもなっていた。


②①によって発生する麻薬的な気持ち良さ

[説明]①のかなりの懐かしさ(愛着)には麻薬的な気持ち良さがあり、依存性があった。よって自分は雨の日や台風の日にもトラウマを思い出しながら、外を歩き続けた。(これに関しては辛い部分もあった。)


③歩く事による自己肯定感

[説明]自分の足で、自分が行きたい場所に、自分のペースで歩いていく、この事自体に充実感があった。事前に自分が想定したルートを自分の足で歩いていく事での達成感。大袈裟に言うと、歩く事による自己実現。もしくは歩く事による自己肯定感。



自分はそれまでの32年間の人生において自己肯定感を失っていく一方だったので、この歩く事による自己肯定感は貴重な感覚だった。


④タイムスリップ感覚による非日常感

[説明]自分が「トラウマ歩き」を行う場所は、非日常な場所であればある程、歩いていて充実感があった。最たる例は、1つ目の大学近辺。この場所は自分にとって12年前の致命的なトラウマにタイムスリップ出来るという意味で最も非日常的な場所だった。故に自分は3回目の「トラウマ歩き」以降も、なるべく過去のトラウマに関連する場所を歩いていった。

それは例えば、2つ目の大学近辺、高校近辺、中学近辺、小学校近辺。これらの場所を歩くと当時のトラウマが鮮明に思い出され、当時にタイムスリップする事が出来た。当時の自分はこのタイムスリップによる非日常感に充実感を感じていた。


⑤観光気分による非日常感

[説明]自分は「トラウマ歩き」の1年目において、1つ目の大学近辺をよく歩いていた。そして、この1つ目の大学は東京都心のど真ん中にあり、周りには有名な名所が沢山あった。例えば、皇居、国会議事堂、自民党本部、最高裁判所警察庁、迎賓館、国立競技場、帝国ホテル、東京タワーなど。自分は「トラウマ歩き」の中でこれらの名所の前を通り、そのたびに「あの名所って実際に見てみるとこんな感じなのか!!」、とかなりテンションが上がっていた。


また、大学時代の自分は山手線と中央線を通学に使っていたのだが、この線路沿いに歩くのも大好きだった。例えば品川駅から山手線沿いに田町→浜松町→新橋→有楽町→東京駅→神田、と歩いてみたり、中央線沿いに、秋葉原お茶の水飯田橋→市ヶ谷→四ツ谷四ツ谷三丁目→新宿と歩いてみたり。そこには大学当時の街並みとは変わっている部分と変わっていない部分、色々あり、その違いもとても楽しかった。



加えて、東京都心の名所を歩き回っていると、徐々に都心の土地勘が出来てくるのもかなり面白かった。「トラウマ歩き」の初期は地図を見ながらの都心歩きだったが、次第に地図を見ないでも都心を歩けるようになっていった。これもかなり嬉しい感覚だった。



⑥深夜アニメ絡みの楽しく嬉しい気持ち

[説明]
この「トラウマ歩き」は凄まじい精神的苦痛を発生させるものだった為、歩き始めてすぐにトラウマを思い出す気には到底なれなかった。そこで自分は歩き始めの40分〜50分、必ず最近見た深夜アニメの感動や興奮を思い出し、それで思考のアイドリングをするのが常となっていた。また、歩きながらその感動や興奮をガラケーのメモ機能に書いていき、出来上がった感想文をSNSにアップする事もよくあった。


加えて、SNSに深夜アニメの感想文をアップすると、女性からのコメントが貰える事もあり、それも当時の自分にとって滅茶苦茶嬉しい事だった。しかし、それによって睡眠がさらに取り辛くなる事態が発生した為、その女性からのコメントを歩きながら思い出し、その嬉しさを消化する必要があった。



また、そのコメントへの返信を自分の部屋で書くとテンションが上がり過ぎてしまい、上手く返信を返せない事態もよく起こっていた。そこで自分は歩きながらその返信内容を考える事もあった。歩きながら返信を考えると、上がり過ぎたテンションが沈静化され、いい感じの返信が書けるような気がしていた。