鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

昨晩の記事を書いて情けない気持ちになった事

みなさんこんばんはスキッパーです。見に来て下さりありがとうございます。もし初めてこのブログに来た頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「最も古い記憶②」の続きを書かせて頂きます。



前回は3〜4歳の頃の自分が母親に叱られた後、親の前で感情表現を辞めてしまった、という話でしたね〜。実は昨晩あの記事を書いた後、自分はけっこう気持ちが落ち込みました。それはどういう事かというと、現在43歳の自分が3〜4歳の頃の記憶をブログに書き、「この事件のせいで自分は感情表現を辞めてしまったんですよー」と書く事がなんかすげぇ情けない感じがしたのです。一般的に43歳と言えば、社会の中でバリバリ働き、家庭を持ち、子供がいて、なんだったらその子供の事をブログに書いたっておかしくない年齢ですよね。それき引き換え自分ときたら、働きもせず自分自身の3〜4歳の頃のネガティブな記憶をブログに書いているような状況ですから、なんだか惨めだなぁ、とw



ま、でもこうやってブログに落ち込んだ気持ちになった経緯を書く事で、落ち込んだ気持ちは消化できたような気がします。



結局自分は自分がこれまで歩んできた人生を誰かに知って貰いたいんですよ。これまでにも自分は色んな人に自分の人生を細かく聞いて貰ってきました。カウンセラーの先生にも当然話してますし、両親、妹、元バイト先の先輩、元バイト先の社長、そして、ネットの出会い系サイトで出会った女の子にもLINEで送ってましたねwなんというか「自分の人生を誰かに聞いて貰いたい依存症」みたいな感じ。さらに言うと、その話の中では相手の人の人生についても細かく聞かせて貰ってますので、「人生について話したいし、聞きたい依存症」みたいな所があります。細かく言うとその人の精神遍歴みたいなのが知りたいんですよね〜。人生における様々な環境や事件がその人の精神にどう影響を与えているのかその因果関係が知りたい。自分はその心の因果関係を探っていく事が3度の飯より大好きなんですよ。



ですので、例え情けなくとも自分の3〜4歳の頃の事件も書いちゃいます。何故ならあの事件は自分の精神遍歴を語る上で外せない事件だから。俗に「3つ子の魂100まで」と言いますが、まさにそんな感じですよね〜。あの事件により親に対して心を閉ざした事は後の自分の社会不適合人生を見事に暗示しています。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございましたm(_ _)m




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