鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

空手部の優しい先輩達

みなさんこんにちはスキッパーです!見に来て下さりありがとうございますm(_ _)mもし初めてこのブログに来た頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「空手部時代のとある先輩の話」の続きを書かせて頂きます。



前回はA先輩の厳しい人間サンドバッグによって、自分の鬱が酷くなったという話でしたね〜。そして、その9年後くらいに自分の人生をノートに書き出してみると、その印象が変わっていった、と。ノートに書き出す前の自分はA先輩に対して許せない気持ちでいっぱいでしたが、当時の事を色々書いていくうちに気持ちが変わっていきました。



どういう事かと言うと、当時A先輩から厳しい練習を受けた人は自分以外にも沢山いたんですね。自分の同学年もそうですし、一つ上の学年の先輩達もA先輩から厳しい練習を受けていました。一つ上の学年の先輩達というのは、自分達が空手部に入部した時に2年生だった先輩達の事なのですが、この先輩達から「A先輩達が現役だった頃の練習は今よりもっともっと厳しかった」という話をよく聞いていたんですね。なるほど、自分達が入部した時にはA先輩は現役を引退し、OBという立場で練習に参加していましたが、それでも自分が死の恐怖を感じる程恐ろしかったわけですから、それが現役バリバリだった頃はさらに後輩に厳しかった事は想像に難くありません。



そして、この一つ上の先輩達は8人いたと思うのですが、この8人が滅茶苦茶仲良くて、後輩である自分達にも超優しかったんですよ。なんというかいつも和気あいあいとして笑いが絶えず、チームワーク抜群って感じで、リーダー役、参謀役、ムードメーカー、いじられ役、癒し役、それぞれが学年の中で役割をしっかり持ち、それぞれがそれぞれを認め合っていました。また後輩である我々にも優しく、練習後飲みやカラオケやボーリングなど色々連れていって貰いました。またテレビゲーム好きの先輩が多かったですから、練習後ゲームセンターで会う事も多かったですね。



さてそんな優しい先輩達なのですが、そんな先輩達もA先輩から厳しい練習を受けていた訳なんです。いや、自分が受けたものよりさらに厳しい練習だったのだと思います。それにも関わらず先輩達は明るくエネルギッシュで仲が良かった。一方の自分はといえば人間サンドバッグの恐怖に打ち震え続け、ただひたすら不毛な学生生活を送らざるを得なかった。この違いはどこから来ているのか考えてみると、それは「コミュニケーション能力」だったのではないかと思ったのです。



そう、この優しい先輩達には「コミュニケーション能力」が備わっていました。先輩達は色々な事をよく相談し合っていましたし、とにかく笑いが絶えなかったですからね。そしてここからは想像なのですが、先輩達はそのコミュニケーション能力の高さでA先輩が課す厳しい練習を乗り越えたのではないかと思うのです。つまり、厳しい練習を受けた後その辛い体験をお互いに語り合うことでその恐怖を共有し、消化していった、と。そして、同じ辛い経験を支え合って乗り越える事で絆は深まっていき、仲良くなっていった。こう考えるのが、自然なんですよね〜。



一方の自分はというと人間サンドバッグの恐怖を誰とも共有できず、一人で悶々と抱え込んでいましたから、その恐怖は減るどころか増える一方でどんどん心を病んでいった。




この2つの事象を比べると、自分が人間サンドバッグの恐怖でメンタルが壊れていった責任はA先輩の厳しさにあったのではなく、自分自身のコミュニケーション能力の無さにあったという事になります。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございましたm(_ _)m




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