鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

パチンコで稼いだ後の父親からの心無い一言(2004年2月・28歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「パチンコと数学的思考(2003年11月・27歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は「パチンコは数学的に考えれば考える程勝ちやすくなる」って話でしたね。そんな感じで自分は尿管結石明けから3ヶ月間くらいパチンコで稼ぎまして、90万くらい稼ぎました。話は少し戻りまして、自分は尿管結石で病院に担ぎ込まれ、そこから5日間くらい入院した訳ですが、その時の費用が確か15万くらいかかっていたんですね。それでその費用は最初が親が建て替えたのですが、パチンコでの稼ぎがある程度溜まった時点で、そこから親に支払いました。その時にも自分は父親から心無い言葉を投げ付けられまして、ムカついた自分が父親に猛抗議するって一幕がありましたね。その日父親、母親が2人リビングに揃っていまして、そこで自分は「尿管結石の時にかかった入院費を返すよ」って感じで、お金を渡しました。しかし、その時の父親の反応が「パチンコで稼いだ金だろ?」みたいな感じで、嘲ってくるような反応だったんですよ。それでまぁ自分はブチ切れまして、自分がどれだけ真面目にパチンコに対して、エネルギーと時間と思考を使っているのかを延々とブチ切れながら父親に話した記憶があります。何度も書いてますが、あの頃の自分は日常生活もままならない程体調が崩れまくっていましたから、そのような体調の中でパチンコ屋に行き1日中パチンコを打ち続ける事には、かなりの肉体的、精神的苦痛を伴っていたんですね。しかし、父親がそこら辺の自分の苦労も知るはずもなく、嘲るような反応をしてきましたから、自分はブチ切れた訳です。そうそう、あの頃自分にとってパチンコは「遊戯」ではなく、「仕事」になっていましたからね。ですから自分の仕事を嘲ってくるかのような父親のそういう反応が自分には到底許せなかったのです。今こうやって書いてみると懐かしい出来事ですが、当時の自分は父親に対してはらわた煮えくりかえる程ブチ切れていました。思い返してみるとそもそも父親に関しては、尿管結石の際の自分に対する暴言がありましたからね。あの時点で自分は父親に対して「殺したい」程の憎しみを覚えてた訳ですから、今回そこに加えてさらに父親は自分の仕事を嘲ってくるような態度を見せてきましたから、自分はブチ切れまくった訳です。




その場には母親もいたのですが、母親は自分の味方をしてくれまして、「折角〇〇が頑張って稼いで入院費を持ってきてくれたのに、その態度は無い!」って怒ってましたね。いや〜今思い出すと懐かしい思い出です。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m




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