鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

小6時の怒られ事件②(2004年12月頃・28歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「小6時の怒られ事件(2004年12月頃・28歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が小学校6年生の時に起きた失言事件についての話でした。事件の詳細はこちら↓になります。



〜中学受験における失言エピソード前編〜高1で鬱病を発症するまでの具体的エピソード③


〜中学受験における失言エピソード中編〜高1で鬱病を発症するまでの具体的エピソード④


〜中学受験におけるやらかしエピソード③〜高1で鬱病を発症するまでの具体的エピソード⑤


中学受験におけるやらかしエピソード④〜高1で鬱病を発症するまでの具体的エピソード⑥


中学受験におけるやらかしエピソード⑤〜高1で鬱病を発症するまでの具体的エピソード⑦




懐かしいですねぇ。その日の帰り道は自分の見ている視界から全ての色が抜け落ち、見るもの全てが灰色になっていました。あれはかなりの精神的ショック&精神的ダメージでした。何せ当時の自分は「大人に怒られる」という経験が全く無かったですからね。常にビクビクして過度に大人の顔色を伺いながら生きていましたから、怒られる経験など全く無かったのです。それが何の因果か、塾で最も強面の先生に怒鳴られてしまいました。しかも授業の最中です。あれはヤバかったですねぇ。怒られた後の塾からの帰り道は様々な感情がごちゃごちゃに混ざり合い、何がなんだか分からない精神状況になっていました。そして、その精神状況は全く言語化される事なく、記憶の海に沈んでいく事になってしまった。改めてあの事件直後(1988)の自分の精神状況を、2020年の自分が代わりに言語化してみます。




まず一番大きかったのはやはり「精神的なショック」です。なんせ当時の自分は全く大人に怒られ慣れていませんでしたから、そのショックは甚大でした。髪の毛から色が落ちてもおかしくないくらいのショック。だからといって涙は全く出ませんでしたね。悲しいという気持ちは全くありませんでした。ただただショック。そして自分が燃え尽きてしまったような感覚もありました。エグいくらいの脱力感というか。「1年半ただただ必死に勉強してきた結果がこれか、、」的な感じです。そう、以前の記事にも書きましたが、とにかく自分は先生から褒めて貰いたくて受験勉強を頑張っていたのです。別に私立中学に行きたいという気持ちは微塵もありませんでした。自分は小学校5年生の4月頃から私立中学を目指す塾に通っていたのですが、中学受験が目的で通っていたのでは無かったのです。ただただ良い成績をとって先生に褒められたかっただけなのです。そして、そこから必死になって1年半勉強を頑張りこれまでで最高の成績を取りました。あの塾は200人くらいいたと思いますが、上位10人くらいに入ったと思います。その事を知り大喜びした直後の事件でしたからね〜。最高の気分から急転直下の転落劇。塾の帰り道は脱力感が半端無かったです。自分の1年半の頑張りが総否定されたかのようなショックとダメージがありました。ホント髪の毛が白髪になるくらいのショックでしたねぇ。頭の中真っ白のまま家に帰ると塾からこの事件について電話があったらしく、超珍しく母親から「今日はなんかあったの?」と聞かれました。しかし、当然そんな質問に答える気なんてさらさらなりません。小3以降母親とはまともにコミュニケーションを取っていませんでしたからね。そして、自分は誰にもこの事件の事を喋る事なく、頭の中真っ白のままその日を終えたのでした。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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