鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

カウンセリング&パチンコ生活に感じていた嬉しさ(2005年9月・29歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「カウンセリング代と生活費をパチンコで稼ぐ(2005年9月・29歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分がパチンコで稼ぐ事を決意するまでの話でした。当時の自分は鬱の諸症状がさらに悪化しており心身の不安は沢山ありました。しかし、それ以上にカウンセリングとパチンコを組み合わせた新生活へのワクワク感を感じていた記憶です。自分は「カウンセリング」も「パチンコ」も大好きでしたから、この2つを組み合わせた生活というのは、たまらなく嬉しいものがありました。また、当時の自分は大きな解放感も感じていた記憶です。何せ1年間の引きこもり生活を経て、ようやく外出出来るようになった訳ですからね。引きこもり中の自分は1日5〜6時間ひたすら机に向かい、自分のトラウマをひたすら言語化していた訳ですが、あんな拷問のような作業はもうしなくて良いのです。こんな嬉しい事はありません。ですから、自分はこれから始まる新生活に対して以下の3つの嬉しさを感じていたという事になります。



①記憶のサルベージからの解放。

②パチンコでまた稼げる。

③カウンセリングをまた受けれる。



これら3つを足した嬉しさは、体調面への不安を大きく上回っていた記憶です。さらに思い出してみますと自分は他にも嬉しさをを感じていたように思います。先程少し書きましたが、自分は②と③を組み合わせる事での喜びも感じていました。どういう事かと言いますと、「パチンコで稼いだお金をカウンセリングに使える嬉しさ」です。これも嬉しかったですねぇ。そう、自分はそれまでにパチンコで120万程稼いでいましたが、稼いだお金は特にこれと言った使い道はなく、ただなんとなくダラダラと使っていったんですね。一部は記憶のサルベージ中の生活費として有意義に使えましたが、大半は漠然と使ってしまった記憶です。しかし、今回のパチンコは違います。明確に「カウンセリング代」という使い道があるのです。パチンコで稼げる事だけでも嬉しいのに、さらにそのお金を自分が渇望しているカウンセリングに使えるなんてこんなに嬉しい事はありませんでした。これにより自分は極めて強い「動機」を手にしていました。パチンコで稼ぐ為の動機です。そう、自分がこんなに強い動機を手にするのは、生まれて初めての経験でした。自分は自分の中にこんなにも強い「動機」が発生している事に驚き、同時にとても嬉しかったのを記憶しています。




先程の「動機」は「意志」という言葉に変換できると思うのですが、この時の自分は生まれて初めて「自分の意志」で現実世界を動こうとしていた、とも言えます。サルベージ以前の自分は自分自身の事を何一つ把握出来ていませんでしたから、「自分の意志」というものも全くもって把握出来ておらず、無いも同然でしたからね。しかし、サルベージ後の自分は自分の意志を100%把握した上で現実世界を動こうとしていました。これも嬉しい事柄だった記憶です。実際カウンセリング&パチンコ生活を始めてみますと、ふとした瞬間に「あぁ俺は生まれて初めて自分の意志でこの現実世界を動いてるなぁ」と感慨深い気持ちになる事がしばしばありましたからね。という訳で、先程の3つにさらに上記の2つの事柄を付け加えたいと思います。



新生活に感じていた嬉しさ


①記憶のサルベージからの解放。

②パチンコでまた稼げる。

③カウンセリングをまた受けれる。

④パチンコで稼いだお金をカウンセリングに使える。

⑤生まれて初めて100%自分の意志で外の世界を行動できる。




今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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