鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

東○荘事件翌日(2006年3月頃・30歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「東○荘事件を書き終えてみて〜「東○荘事件27」(2006年3月頃・30歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、東○荘事件の全27記事を振り返ってみての感想を書いてみました。我ながらよくあの事件を書き切ったなぁという感じです。話を東○荘事件に戻したいと思います。自分が東○荘から家に戻った所から振り返っていきます。自分は貴重品を取りに家に戻ってきたのですが、貴重品を取り戻した後、余りの疲労感で動けなくなってしまいました。本来なら貴重品を取った後、東○荘に戻るつもりだったのですが、もはやその体力・気力は自分の中に残されていなかったのです。このまま自分の部屋にい続けるという事は、また激昂した父親が部屋に突入してくるリスクがあり、それは大きな不安ではあったのですが、それ以上に自分は疲労の極地にいました。また、いつも寝慣れている布団で、思う存分布団を重くして寝たいという誘惑にも抗えませんでした。自分はやむ無くこの日は自分の部屋で一晩を明かす事にし、眠りについたのでした。





翌日です。起きたのは昼の12時くらいだったでしょうか。東○荘の布団と違い、自分の部屋の布団は重さの調節が自由ですから、自分は思う存分布団を重くして寝る事が出来、そこの満足感はありました。また、心配していたような父親が部屋に突入してくるような事態は起きず、静かな寝起きを迎える事が出来ました。ただ、事件のダメージは深く、しっかり寝たにも関わらず、身体はかなり重かった記憶です。昨日の自分は、「とりあえず一晩だけこの部屋で過ごそう」という思いで、ベッドで横になったのですが、起きてみると、身体はかなり重く、ここから部屋を出て、東○荘に向かうのはとても厳しいように思いました。自分はノロノロと起き上がり、そこら辺の状況をノートを書き始めました。ノートを書いてみると、やはり東○荘に向かうのは厳しい感じです。そう、疲労感と共に、身体が東○荘の冷めた過ぎる布団を拒否している感覚もありました。また、東○荘に泊まるとなるとすぐにお金がかかりますから、その金銭的ダメージもかなり嫌だった記憶です。自分はやむ無く身体が回復するまで、この部屋で過ごす事に決めたのでした。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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