鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

自殺の準備が整ったので、妹とコンタクトを取る(2006年4月頃・30歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「トラウマの言語化で胃が重苦しい(2006年4月頃・30歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は自分が自殺の準備を整えた、という話でした。そう、ホームセンターに赴き、首吊りに必要な資材を買ってきまして、自分の部屋にセッティングをしたんですね。これで自分は大きく安堵し、このような気持ちになりました。「最終安全装置が出来上がり、退路を確保できた。これで引っ越しの方向で動いていける。」、と。そこで、自分は早速妹にコンタクトを取る事にしました。隣の部屋の扉をノックし、妹を自分の部屋に呼びます。妹はすんなり自分の部屋に来まして、自分は超ローテンションで妹に「引っ越しの事なんだけど」と喋りかけました。妹は「あぁその事」って感じでしたね。そこから自分は引っ越しに関して妹に色々聞き始めました。まずはどこに引っ越すのか、です。妹によると、今住んでいる家からそう離れていない住宅地だとの話でした。さらに話を聞いていくと、妹は今回の引っ越しの強行に関して両親に反対したとの事でした。兄である自分が精神的に不安定な状態なのに、引っ越しをするべきではない、と。自分はそれを聞き、妹にコンタクトをしたのは間違ってなかったな、と思いました。そして、妹が引っ越しに反対してくれたと聞き、少し嬉しかったのを覚えています。




振り返ってみますと、自分はこの引っ越しの話が出て来る前から、隣に住む妹の部屋の壁を殴る事がよくあった記憶です。自分にとって妹はただひたすらに莫大なストレスを生じさせる存在だったからです。ドアの音で睡眠を邪魔され続けている件や尿管結石の件、そして両親とコミュニケーションを取り続けている件など、自分が妹にストレスを感じる事象は無数にありました。そうそう、自分が30年間異性どころか同性とのコミュニケーションすら無理な人生を送っていたのに対して、妹の方は彼氏がいたり、同性の趣味仲間も多かったですから、人間関係への嫉妬もかなり激しいものがありました。ですから、自分は憎しみの捌け口として、隣に住んでいる妹の部屋の壁をガンガン殴っていたのです。自分のそのような敵意剥き出しの行動に対して、妹の方も自分に対して憎しみや敵意を抱きそうなものでしたが、今回自分が引っ越しの情報を聞いた時には、そのような空気はありませんでした。自分に対して不機嫌な対応を取るような感じではなかったですし、引っ越しの情報を普通に教えてくれたり、「引っ越しに反対した」とか言っていたのは、少し意外だったような記憶もあります。




ともあれ、妹から引っ越しの詳しい情報は聞け、とりあえず第一ミッションはクリアしました。終わってみると、妹との会話中には凄まじい憎しみの感情の嵐は起こりませんでした。ただし、本来なら自分にとって妹は「殺しても殺し足りない」程憎い存在です。その妹と喋らなければならない状況に追い込まれた、という事自体が凄まじいストレスの嵐を生じさせていました。ですから、自分は首吊りという最終安全装置を用意せねばならなかったのです。そして、妹とのコンタクトを終えてみると、とりあえず自分はまだ正気を保てており、首吊りの実行はまだしなくていいように思えました。自分はようやく引っ越しに対して第一歩を踏み出しましたが、先行きはまだまだ漆黒中の漆黒で予断を許しません。ここから先も自分は首吊りという最終安全装置だけを心の支えにして、引っ越し作業を進めていくしかなかったのでした。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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