鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

矛盾する2つの気持ちが心を引き裂く(2006年8月〜2007年3月・30歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「もはや疲労感や眠気に抗う(あらがう)気力が皆無②(2006年8月〜2007年3月・30歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が慢性的な眠気や疲労感に抗い(あらがい)続けたものの、2006年・30歳の時の家族の引っ越しによってその気力は壊滅した、という話でした。そう、引っ越し後の自分は仮眠を取った後ベッドから起きる事が出来なくなってしまいました。どういう事かと言いますと、仮眠を1〜2時間取り、意識が覚醒するのですが、まぶたや身体が鉛のように重く、ベッドから起き上がる事が出来ないのです。この時の自分の気持ちなんですが、「自分は30年間この疲労感や眠気に抗い続けて生きてきたが、自分の人生は転落していく一方だった。もういい加減この疲労感や眠気に抗うのはやめて、それらに自分の身を委ねてみたい。」という感じです。



このように自分は殺人的な疲労感と眠気に抗う気力が全く無くなってしまいました。1日のうち18時間をベッドの上で過ごすような生活です。そして、起きている6時間もそれらで意識朦朧としています。自分はそんな疲労感と眠気に支配されている生活に無力感と情け無さも感じていました。



つまりこの時の自分の中には以下の2つの気持ちがあったという事になります。


・「疲労感と眠気にはもはや抗いたくない気持ち」


・「疲労感と眠気が自分の身体と時間を支配している事への無力感と情け無さ」



この2つの気持ちって矛盾してると思うんですよ。だって疲労感や眠気に抗いたくないと思いつつも、それらに生活を支配されている事に対して無力感や情け無さを感じていた訳ですからね。前回の記事で自分はこの状態を「両価性(アンビバレンス)」と書きました。意味は相反する2つの価値基準が自分の中にある事、だそうです。両価性の詳しい意味はこちら→https://kagaku-jiten.com/abnormal-psychology/ambivalence.html




自分は1つ目の大学に通っていた頃、大学の図書館で精神医学系の本を読み漁っていた時期があるのですが、その時にこの言葉を覚えました。ただ自分が覚えた時には「両価的」でしたけどね。ここからは「両価的」で使っていきたいと思います。ちょこっとネットで調べてみましたが、統合失調症の人がこのような心理状態に陥るそうです。まさに当時の自分はそうだったのだと思います。なるほど〜。




自分の歴史の中には引っ越し後以外にももう一つ両価的だった時期があります。それは引っ越しの前のパチンコⅣ期(2005〜2006・29歳〜30歳)です。あの時期も両価的だったと思うんですよ。どういう事かと言いますと、自分はあのパチンコⅣ期において生まれて初めて「自分らしいやり甲斐のある日々」を送っていたんですね。そう、それまでの自分には「自分の意志」というものがなく、流されるままに生きてきたのですが、28歳〜29歳に行った記憶のサルベージ(言語化)によって、ようやくそれを見つける事が出来たのでした。ですからパチンコⅣ期において自分は希望に満ち溢れる中でパチンコを打ち続けていました。ところが、自分のそのような希望に満ち溢れた精神状態とは裏腹に、この時のパチンコ生活においてかなりの苦痛を感じていたのです。そう、自分は連日朝から晩までパチンコを打ち続けていたのですが、それは激烈な疲労感と激烈な眠気との戦いでもあったのです。自分は高校で鬱を発症して以来、どんどん鬱が酷くなっていったのですが、鬱が酷くなっていけばいく程、慢性的な疲労感と慢性的な眠気もどんどん酷くなっていったのです。ですから、パチンコⅣ期の自分の中には「光溢れる希望」と「激烈な疲労感と激烈な眠気」の両方が存在していた、という事になります。そう、「光溢れる希望」が「激烈な疲労感と激烈な眠気」を癒してくれる事は全く無かった印象です。ここでも自分は両価的だったなぁと思います。




さらに思い出したのですが、自分が部屋に引きこもって記憶のサルベージ(言語化)をしていた1年間(2004〜2005・28歳〜29歳)、あの期間も両価的でしたね。あの1年間はホント両価的でした。どういう事かと言いますと、自分が引きこもりに至った経緯にあります。これまで書いてきていますように、自分は学校生活において異性どころか同性とすらコミュニケーションを取る事が出来ず、孤独感を蓄積させていきました。そして、鬱を発症し、心身はひたすら壊れていき、最後には引きこもる事になったのです。この経緯はこれまで何度も書いてきていますよね。しかし、自分が引きこもりに至るまでにはもう一つの歴史がありました。それは自分が「言葉を覚えていった歴史」です。そう、自分は1つ目の大学の3年生の時(1997年・21歳)にカウンセリングに出会いまして、そこから6年程カウンセリングを受け続けていました。その中で自分は「自分の感情を素直に喋る」という行為を初めて知り、少しずつその練習を積んでいったのです。さらに2000年・24歳には自分の感情をノートに書くという行為も覚えまして、自分は日々の出来事や感情をカウンセリングだけでなく、ノートにも言語化していく事になります。その中で自分はノートに自分の気持ちをどんどん素直に表現出来る様になっていきました。しかし、現実生活の方は一向に好転せず、とうとう自分は全ての社会生活から脱落寸前まで追い詰められたのです。2つ目の大学もカウンセリングも辞めてしまいましたし、最後に残った古本屋バイトも激烈な疲労感と眠気で息も絶え絶えな中働いていました。しかし、ここで自分は4年間続けてきた「ノートによる日々の言語化」に希望の光を見出す事になります。そう、「こんなに日々の事を詳細に書ける様になっているのなら、過去の事も書ける様になったいるのでは??」、と思ったのです。自分はカウンセリングを4年間受け続けた事で、「現在の自分」に関して「ノートを使ったセルフカウンセリング」が出来る様になっていました。そこで今度は「過去の自分」をセルフカウンセリングしてみようという訳です。さらに「過去の事をセルフカウンセリング出来れば、どうして自分がどこに行っても友達を作る事が出来なかったのか、その謎が解けるかもしれない」とも思いました。その思い付きは孤独と挫折まみれの自分の人生の中で、唯一の希望の光となっていったのです。




そこで、自分は過去に焦点を当てて、ノートに自分の過去を書き始めました。しかし、それは書いても書いても全く終わる気配がありません。自分はまだ古本屋バイトを続けていたのですが、バイトを辞めて全ての時間をこの作業に投下したくなってきたのです。一方で自分は古本屋でバイトしている間ずっと莫大な疲労感と眠気に襲われ続け、息も絶え絶えでしたから、このバイトに先が無いことを感じていました。そして、自分はバイトを辞めて引きこもり、ノートによるセルフカウンセリング=記憶のサルベージ(言語化)に専念する事になったのでした。ですから自分が引きこもりになってしまった経緯には2つあったという事になります。2つをまとめてみますと、



①鬱がどんどん悪化していった結果、全ての社会生活・家族から脱落した。


②セルフカウンセリングのスキルを使って、現在の事だけでなく過去の記憶を言語化してみたくなった。


そう、①に関しては「訳も分からずただただ必死に生きていたら、いつの間にか心と身体がぶっ壊れていて、引きこもらざるを得なかった」、という感じです。そして、②に関しては「自分の過去を言語化する為に、自分の意志で引きこもった」という感じです。そう、ここでも


①「引きこもらざるを得なかった」


②「自分の意志で引きこもった」


と、2つの真逆の気持ちが存在しているのです。両価的ですねぇ。そして、①に関する経緯は「漆黒の闇」という感じですし、②に関する経緯は「希望の光」という感じです。この意味でも2つは両価的だったなぁ、と思います。



今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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