鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。skipper1242でツイッターもやってます。

自殺願望に関する自己矛盾〜引きこもり中の鬱の諸症状⑤(過去編・2005年1月・29歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表&鬱悪化のフローチャートも併せてどうぞ。では、前回の記事「慢性的な背中の疲労感と眠気〜引きこもり中の鬱の諸症状④(過去編・2005年1月・29歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が引きこもっていた時期の「背中の慢性的な疲労感と眠気」について考えてみました。当時の自分は全ての社会生活と家族関係から脱落し、部屋に引きこもって過去の記憶をノートにひたすら書く日々を過ごしていました。


前回の記事でまとめた「引きこもり中の背中の慢性的な疲労感と眠気」は以下の通りになります。


④ 高校時代と比べて慢性的な背中の疲労感と眠気も6倍に悪化していたのだが、これらは部屋に引きこもっている1年間はそれほどの苦痛にはならなかった。本当にこれらがキツかったのは引きこもり明けのパチンコで稼いでいる時期。パチンコを打っている間、これらの肉体的苦痛がホント辛くて仕方なく、その肉体的苦痛で意識朦朧としながらパチンコを打っていた。



では次の項目に進みます。次は「⑤自殺願望」です。基本的にはこれも酷くなっていたと思います。自分がこれを発症したのは大学空手部時代でしたが、引きこもり中の自分はこの時代よりさらに鬱が2倍悪化しています。つまり、自殺願望も2倍悪化していたのです。実際引きこもり中の自分は、自殺願望だけを支えに生きていましたからね。あの時の自分は完全に社会生活から脱落し、なおかつ家族関係からも完全孤立していました。また、被害妄想も病的(×6倍)に酷くなっていましたし、それ以外の鬱の諸症状もホントに辛くて仕方ありませんでした。そんな自分にとって自殺願望だけが心の救いになっていた事は間違いありません。



また、現実的な問題として、引きこもりになってしまった自分にはお金を稼ぐ能力が皆無でした。しかし、実家暮らしでしたので、すぐに困窮する事は無い状況です。ただもしこの状態で親が働けない状況にでもなったら、自分はすぐに経済的に困窮する事でしょう。古本屋バイトすら務まらない自分が、他のバイトを出来るはずがありません。もしそんな状況になったら自殺するだけだな、とも考えていました。経済的に立ち行かなかくなったら、自殺するだけです。



しかし、当時の自分の心の中には真逆の気持ちも発生していました。それは、


「記憶のサルベージ(言語化)を終わるまでは絶対に死ねない!!」


という気持ちです。そう、自分は以下の疑問の答えを知りたくて仕方なかったのです。


「何故に自分の人生はどこにも居場所が作れず、社会から脱落する羽目になってしまったのか??」



自分はこの疑問の答えを心の底から切実に欲していました。ですから、この答えを導き出すまでは絶対に死ねない、という気持ちだったのです。つまり、当時の自分は、自殺願望に関しても自己矛盾を起こしていた、という事になります。


という事で、引きこもり中の自殺願望についてまとめたいと思います。こんな感じになります。


⑤自殺願望も大学空手部時代に比べて2倍悪化していた。社会生活と家族関係から完全脱落し、体調も「鬱の廃人」×2倍状態に陥っていた自分にとって、ますます自殺願望だけが唯一の心の支えとなっていた。

しかし、一方では「記憶のサルベージ(言語化)を終わるまでは絶対に死ねない!!」との思いも強かった。自分は以下の疑問の答えを心の底から切実に欲していた。


「何故に自分の人生はどこにも居場所が作れず、社会から脱落する羽目になってしまったのか??」


故に「記憶のサルベージ(言語化)が終わるまでは死んでも死に切れない」との思いもあった。つまり当時の自分は自殺願望に関しても両価的(自己矛盾)だったと言える。




いいですね!




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!




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