鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

父親が言い放った血も凍る暴言〜尿管結石事件11(2007年12月・31歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「尿管結石発症のきっかけとなった妹への激しい被害妄想〜尿管結石事件10(2007年12月・31歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、尿管結石発症のきっかけとなった妹との激しい口論について思い出してみました。そう、自分は隣の部屋の妹が出す「ドア音」に病的に怯え、病的な憎悪を感じていました。そして、2007年10月(27歳)にそれが爆発したんですね。自分は妹に対して激しく抗議し、妹もそれに対して激しく反論してきました。その激しい口論は15分程続き、疲れ切った自分は部屋に戻りました。自分はそこから30分程経ってもまだムカつきまくっていたのですが、ここで妹が外に出かける音が聞こえてきたのです。すると今度は先程の激しい怒りが逆回転し始めたのです。どういう事かと言いますと、自分の中で激しい被害妄想が巻き起こり始めたのです。その被害妄想とは、「妹はあの後彼氏の元に向かい、先程の激しい口論の話をするに違いない。そしたら彼氏が怒り狂い、仲間を引き連れ、自分の部屋にバットを持って殴り込みに来るだろう。」、です。なんか暴走族の抗争みたいな話です。当時の自分は物事を悪い方向に考え出すと、とことんまで悪い方向まで考える癖が付いていました。まぁ自分の心身は病みまくっていましたから、被害妄想が酷くなっていました。今から思うと上記の妄想は荒唐無稽なのですが、当時の自分はそれを信じ切っていたのです。




そこで自分はその殴り込みに備えて自分の部屋にバリケードを作り、バットを手に取って武装したのです。前回の記事はここまで書きました。一通り武装が終わると自分はお腹が減ってきまして、ダイニングに夕食を食べに行ったんですね。時間は夜7時くらいだったと思います。そこでTVを見ながら夕食を食べ始めたのです。するとしばらくすると下っ腹がしくしく痛んできました。最初は大したことの無い痛みだったのですが、それはどんどん大きくなっていき、夕食を食べるどころではありません。自分は夕食を途中で片付け、自分の部屋に戻り、ベッドで横になったのですが、ますます痛みは酷くなってくるのです。そう、自分は当時から冷え性でお腹を壊す事がよくあり、それが原因の腹痛は何度も経験していました。しかし、この痛みはいつもの腹痛とは違う腹痛なのです。「腹痛」というより「下っ腹の差し込み」という表現がしっくりくる感じ。自分はベッドで安静にしていたのですが、もはや痛過ぎて、横になっている事も出来ません。そこで自分は父親の部屋を訪ねることにしました。父親の職業は医療関係なので、この状況にも対処してくれるに違いありません。自分と父親の関係はここ3〜4ヶ月くらいは没交渉になっていましたが、それ以前は1ヶ月に1度くらいのペースでご飯を食べに行くような関係ではあったのです。




自分は父親の部屋をノックしまして、父親が顔を出しました。自分は凄まじい差し込みで立っている事も出来ません。自分は床に横たわりながら「なんかすごいお腹が痛いんだけど、、」と息も絶え絶えに訴えます。すると父親から信じられない言葉が飛び出したのです。それは「こんな時だけ頼りやがって!!」、という血も凍るような暴言だったのでした。





今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!






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