鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間鬱と闘病した45歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。引きこもり歴15年、就職経験無し、彼女いない歴45年。skipper1242でツイッターもやってます。

大学に復学するも、やはり全く周りとコミュニケーションが取れない(過去編・2000年3月・25歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「大学休学中の生活(過去編・2000年3月・24歳) 」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が2つ目の大学を休学した後の生活についての話でした。自分は比較的穏やかな気持ちで休学の毎日を過ごしていました。もはや大学に行って見ず知らずの学生の視線に怯えまくらなくても良いのです。そして、大学生活の中で「慢性的な背中の激痛」や「眠気」や「冷え性」にのたうち回る必要もありません。これはホントに気が楽でした。また、自分はもはや大学外に自分に居場所をつくることも諦めていましたから、余計な習い事やバイトに手を出す事もありませんでした。とにかく外出は週に一回のカウンセリングの日だけで、あとは自分の部屋に引きこもり、自分の好きな事だけをやって過ごしていました。



そのような穏やかな日々が淡々と過ぎていきまして、休学の1年間が終わろうとしていました。時期は2001年の3月です(25歳)。大学の規則ではこれ以上休学する訳にもいかず、自分は本当に嫌で仕方ありませんでしたが、大学に復学する事にしました。この時の自分の心の中には「今度こそ、大学内で人間関係を作れるかも知れない」という微かな期待がありました。その期待の理由は以下の2つになります。


①2つ目の大学の最初の1年間は、カウンセリングを受けていない状況での大学生活だった。しかし、今度の復学はカウンセリングを受けている状況での大学生活。カウンセリングを受けている分人間関係を上手くやれるのではないか?、という期待。


②休学の1年間、自分は様々な小説や映画を見て感動し、その感動をノートに書いてきた。これにより自己表現能力がアップし、周りの学生達とコミュニケーションが取れるのでは?、という期待。


自分はこのような期待を胸に大学に復学しました。そして、居場所作りの為に和楽器サークルに入りました。和楽器サークルとはお琴や三味線や尺八の演奏を楽しむサークルです。自分は中、高と吹奏楽部でしたから、そことの親和性もあると思ったのです。しかし、上記の期待は見事に打ち砕かれました。やはり自分は学生達の中に入るとテンパりまくってしまい、冷や汗だらだら状態に陥ってしまうのです。彼らの会話に全然入っていく事が出来ません。そして、頑張って喋ったとしても妙な空気になってしまうだけなのです。



そう、自分の酷い被害妄想は全く治っていませんでした。そのサークルには20人ほどの学生がいましたが、自分はその中にいるだけでまるで周りの学生が自分の事を嘲笑し、馬鹿にしているかのような気持ちになってしまうのです。そして、勝手にテンパりまくりで、冷や汗ダラダラの赤面状態です。凄まじい居心地の悪さでしたね。その酷い被害妄想は、サークルに入った瞬間から始まっていました。サークルに入ったばかりでまだ何も人間関係が始まってもいないにも関わらず、自分はすでにそこで嘲笑され、馬鹿にされているような気持ちに陥っていたのです。だったら最初からサークルに入らなければ良い話ですが、自分にとってはどこの団体にも所蔵せず、たった一人で大学生活を送る事もまた不可能な事だったのです。



これはつまり、自分が休学の1年間で被害妄想を何も回復させていなかった事を表しています。これは、自分が休学の1年間で「自分に対する自信」を何一つ回復させていなかった事と同義です。確かに自分は休学の1年間自分の好きな事だけしてきままに過ごしていました。しかし、それで「自信」が回復する程、自分の「鬱」は生易しいものでは無かったのです。



今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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