鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。skipper1242でツイッターもやってます。

精神的ショックを伴う事件が「トラウマ」になるのか「良い人生経験」になるのかの分岐点②(過去編・2005年3月・29歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表&鬱悪化のフローチャートも併せてどうぞ。では、前回の記事「精神的ショックを伴う事件が「トラウマ」になるのか「良い人生経験」になるのかの分岐点(過去編・2005年3月・29歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、トラウマに関して自分が思う事を書いてみました。あれは我ながら書いてて興味深かったです。人は人生の中で様々な精神的ショック(挫折感、恥、孤独感、虚無感、絶望感などなど)を受けると思うのですが、それが「良い人生経験」となるのか「トラウマ(心の重傷)」なるのかどうかの分かれ目は、「信頼出来る誰かに喋れるかどうか」にあるのではないかと、思いました。



自分の人生においては、そのような信頼出来る人間関係が皆無でしたから、精神的ショックをまるで消化出来ず、それがトラウマ(心の重傷)となっていったのです。また、当時の自分は「何故自分がそのような精神的ショックを受ける事件を起こしてしまったのか?」という問いについてもまるで答えを出す事が出来ませんでした。先程も書きましたが、自分の周りには信頼出来る人間関係が皆無でしたから、それについて相談出来る相手が皆無だったからです。ですから、自分はいつまで経ってもその事件に関する事実関係や人間関係や時系列を整理する事がまるで出来なかったのです。



つまり、事件に関する情報はいつまで経っても自分の頭の中で「カオス状態」であり続けました。いつまで経っても事件を俯瞰的に見る事が出来ないのです。こんな状態では「この事件の原因はなんだったのか?」という問いに答えを出す事など出来ません。そして原因が分からなければ、「これから先このような事件を引き起こさない為にはどうすれば良いのか??」という問いに答えを出す事も出来ません。つまり、事件から反省や学びを得る事出来ません。自分は様々な事件を人生の糧にする事が全く出来ませんでした。



ですから、自分は学校生活において懲りもせず同じような失言事件、暴言事件を繰り返す事となりました。先程も書きました通り、事件から反省や学びを得る事がまるで出来なかったからです。そして、自分は事件を繰り返し、事件のたびに心に深い傷を負い、その傷が全く癒えぬまま、さらなる深い傷を負っていったのです。結果的に高校時代に鬱を発症し、大学時代にそれは3倍に悪化してしまいました。



同時に自分は幼い頃よりこのような事件が起こるたびに「自分に対する自信」をどんどん失っていきました。そして、小学校6年生で被害妄想を発症する事がとなりました。その被害妄想はさらに悪化していき、高校時代になると学校生活への恐怖から夜眠れなくなっていったのです。これにより身体はぶっ壊れていき、鬱を発症してしまいました。食欲は完全に消失し、慢性的な背中の疲労感と眠気とめまいで頭の中はフラフラです。自分は意識朦朧とした状態で高校生活を送る事となったのでした。



もし、当時の自分の周りに信頼出来る人間関係があったならば、自分の人生は全く違うものになっただろうと思います。事件による精神的ショックは「トラウマ」ではなく、「良い人生経験」になったでしょうからね。



また、当時の自分の周りに信頼出来る相談相手がいたならば、上記のような被害妄想による身体の破壊も起こらなかったかもしれません。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!




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