鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。skipper1242でツイッターもやってます。

カウンセリング&パチンコ生活が軌道に乗り始める(過去編・2005年9月・29歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表&鬱悪化のフローチャートも併せてどうぞ。では、前回の記事「 近所の超大型パチンコ屋にかなり助けられた4つの理由③(過去編・2005年9月・29歳) 」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、29歳の自分がパチンコ稼業を再開し、それが軌道に乗り始めた、という話でした。パチンコ稼業を再開したのが、2005年9月で、軌道に乗り始めたのが10月という事になります。そして、自分はパチンコ稼業の合間にカウンセリングに通い続けてもいました。週1回カウンセリングルームに通いまして、そこで10000円払って1時間のカウンセリングを受け続けていました。



そもそも当時の自分がパチンコ稼業を再開した目的は、「カウンセリング代と生活費を稼ぐ為」です。当時の自分は親に対して「殺したい」程の憎しみを感じていましたから、親に金銭面を頼るなんて考えられませんでした。また、「被害妄想」も「鬱」も相変わらず病的(×6倍)に酷かったですから、バイトで稼ぐのも到底無理な話でした。そうしますと残る選択肢は「パチンコ」だったのです。自分は過去のパチンコ生活でパチンコで勝つ為のスキルを身に付けていましたから、今こそそれを活かしてカウンセリング代を稼ごうという訳です。



ですから自分はパチンコ稼業に朝から晩まで没頭しつつも、週1回のカウンセリングを欠かしませんでした。なにせこのカウンセリングの為に日々パチンコで稼いでいるようなものでしたからね。そして、ラッキーな事に1ヶ月後くらいにはこの生活が軌道に乗り始めました。勝ち額は30万円を超え、ここから先も毎月それくらいは稼げそうな手応えを得られたのです。月30万円稼げればカウンセリング代と生活費は十分賄えます。当時の自分はカウンセリング&パチンコ生活が軌道に乗り始めた事にかなり安堵した記憶です。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!




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