鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

大学でカウンセリングを6年間受けた事

みなさんこんにちは。スキッパーです。前回の記事「経験を言語化していく事の重要性」の続きを書かせて頂きます。



前回は「学校生活で経験した経験は誰かに喋って言語化していかないと、積み重なっていきませんよ」的なお話でしたね。そうそう、それで小、中、高、大学と全く学校生活での経験を言語化してこなかった自分が大学3年の時にいよいよ学校生活に行き詰まってカウンセリングを受けてみたら、初回はずっと泣いていた、と。前回書いたようにあの涙は「この世の中にこんなにも安心して自分の事を聞いて貰える場所があったのか!」という衝撃から来るものだったと思うのですが、もう1つの要因として、単純にそれまで自分は学校生活で受けた挫折感や孤独感や恐怖感を全く誰にも喋らずに21年間過ごしていましたから、その感情をようやく聞いて貰えるという状況に遭遇する事で、それらの溜まりに溜まったネガティブ感情が一気に自分を飲み込んでいき、それで泣いてしまったのではないかな、とも思います。




そんな感じで初回のカウンセリングは泣きっ放しで喋るどころじゃなかったですし、2回目、3回目でもまだ泣いていた記憶ですwそれでまぁそこからポツポツと自分が現在置かれている行き詰まっている状況を話し始めました。結果として自分はカウンセリングをこの1つ目の大学で2年間、そして2つ目の大学で4年間受けているのですが、6年間カウンセリングを受け続けた経験はサルベージ(詳しい説明はこちらの記事)をする際に大いに役立ちました。



さて、そんな感じで自分は小3以降学校生活での経験が積み重なっていかず、精神年齢の成長がそこで止まってしまった訳ですが、やはりその原因として思うのは「小3以降新事業や祖母の存在が原因で両親の間に喧嘩が絶えなくなり、親の目が全く子供の方に向かなくなった事」です。そもそも小3以前からうちの母親は妹と父親の世話でてんてこ舞いで自分の事は放置気味だったと思うのですが、これが小3以降はさらに放置気味になり、さらに目の前ではいつ終わる分からない両親の喧嘩を見せられる訳ですから、これが子供のメンタルに悪影響を与えない訳がない。



そうそう、「小3以前の放置気味な状態」で思い出すのが、自分が自分の人生の中で最初に覚えている記憶の事です。この記憶もサルベージをする中で思い出したのですが、この記憶がその後の自分の人生を暗示するかのようなネガティブな記憶だったんですよね〜。この記憶については次回書かせて頂きます。




最後までお読み頂きありがとうございましたm(_ _)m