鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

〜巨大化していく母親への憎しみ〜尿管結石発症までの精神的経緯④

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「〜壊れていく母親の精神〜尿管結石発症までの精神的経緯③」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事はうちの母親の精神が壊れていったという話でしたね。そう、開業以降の父親との不毛な喧嘩が10年以上続くうちにうちの母親の精神はどんどん壊れていきまして、最後の方は自分から見ると支離滅裂な事で父親の事を責めているように見えたのです。そして、母親が父親を責める理由が支離滅裂になって行けば行くほど、自分が母親の事を恨む気持ちも加速度的に増えていきました。これは別に責められている父親に同情してという気持ちでは全くありません。自分は10年以上に渡って2人の喧嘩を目の前で見せられてきてましたから、もう「うんざり」という言葉を超えて、「絶望的にうんざり」していたんですよ。ですから、その「絶望的にうんざり」している気持ちが、母親に対する恨みにそのまま変換されていった感じです。とにかく「母親が父親の事を責めるのを辞めてくれれば、我が家は平穏になるのに、、」という気持ちが強かったです。そして、母親が父親の事を責める言葉の支離滅裂度が上がっていけば行く程、自分が母親を恨む気持ちも巨大化していきました。



そう、自分は大学3年時にカウンセリングを受けるようになって以降、母親の事を憎む気持ちが加速度的に増していったのですが、その理由は先程も書いたように「母親がいつまで経っても父親の事を責めるのを辞めないから」というものになります。それでね、ここに来てもう一つ大きな理由があったのを思い出しました。10年以上に渡ってうちの母親はうちの父親と不毛な喧嘩を続けてきた訳ですが、その喧嘩の後子供達の前で何度も「離婚をしたい」という言葉を口にしていたんですよ。まぁこの言葉は自分よりも妹の方が沢山聞いていたと思いますが、とにかく事あるごとにこの言葉を子供の前で言っていた記憶です。そしてそのたびに妹が母親の事を慰めるというのがお決まりのパターンだったようです。それでね〜、自分はカウンセリングを受け始めて以降、母親のこの「離婚をしたい」という言葉にもどんどんムカつき始めたんですよ。何故かと言うと「離婚したい、離婚したい」言う癖に一向に離婚しないから。そう、自分はこの事で母親の事を何度責めたか分かりません。当時の自分はこう思っていました。「うちの母親が『離婚をしたい、したい』言うのに一向に離婚をしないというのは、それは母親が離婚した後1人で生活していく能力が無いからだろ?」、と。そこには母親に1人で生活していく能力が無いと決めつけ、蔑むような気持ちがありました。そしてその蔑むような気持ちを直接母親にぶつけた事もあったかもしれません。そう、とにかく自分はこの10年以上に渡る不毛な喧嘩が終わって欲しかったのです。自分は喧嘩が終わるパターンとして以下2つのうちどちらかが達成されなければならないと思っていました。

①母親が父親の事を責めるのを辞める
②母親と父親が離婚する。

しかし、実際にはいつまで経っても母親は父親と離婚しなかったですし、さらにいつまで経っても母親は父親の事を責めるのを辞めなかったのです。いつまで経っても①も②も達成されない状況が続くうちに自分の中で母親に対する憎しみの気持ちはすさまじく大きなものになっていきました。




読者の方々の中には「そんなに目の前で喧嘩を見せつけられるのが嫌なら自分(スキッパー)が家を出て行けば良かったのでは?」という感想をお持ちな方もいらっしゃるかもしれません。当然の感想だと思います。しかし、あの頃の自分の中にそのような選択肢は全く無かった記憶です。先程、自分が母親の生活能力の無さを疑い、蔑んでいたという話をさせて貰っていましたが、当時の自分自身こそが一人で生活していく能力が全くない人間だったからです。何度も書かせて貰っていますが、自分の鬱は大学空手部の3年間を経て、3倍に酷くなっていましたからね。(大学入って鬱が3倍酷くなった話 )そのような絶望的な心身の状況で一人暮らしをしようという選択肢は微塵も出てきませんでした。そうそう、学校生活においても、バイトにおいてもまともな人間関係が作れた試しが無い自分にとって、家を出てバイトをしてその給料で一人暮らしをする事など想像だに出来ない事だったのです。そう、ですから自分が母親に対して感じる巨大な憎しみの裏には、自分自身に一人暮らしをする能力が全く育っていないという悲しい現実への巨大な絶望感が隠されていたのだと思います。それはコインの裏表のような関係だったと思います。そして、自分の中にできた母親に対する憎しみは日を追うごとに巨大になっていきまして、自分にとって唯一良好な人間関係であった妹との関係にまで暗い影を落とし始めました。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m






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