鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

尿管結石事件により鬱が6倍に悪化(2003年11月・27歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「 尿管結石の際の父親の暴言、その背景を探る⑤」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は自分が尿管結石の際の父親の暴言の背景を探っていった、という話でした。では話は2003年の尿管結石事件に戻ります。尿管結石の話は確か尿管結石発症の翌日の所までお話ししましたね。そう、尿管結石翌日に自分は病室でノートを書き始めまして、昨日からの尿管結石の一部始終及びその時の感情を全てノートに書いていきました。そして、2度と尿管結石を発症させない為には家族とのコミュニケーションを復活させる事もやむを得ないとの結論を得たのです。あの自我を崩壊させる程の差し込みを2度と発生させない為には、自分の生活の根本的な部分を変えるしかない、と。しかし、その決断を下す事は自分にとって激しく屈辱的な事でした。何度も書いていますが、父親からは尿管結石の発症時に信じられない暴言を吐かれた直後でしたし、妹とのゴタゴタが尿管結石の発症のきっかけになっていましたから妹への憎しみも凄まじいものになっていました。そして母親への恨みは尿管結石関係なく、そもそも凄まじい大きさになっていましたからね。ですからあの尿管結石によって自分にとって家族全員が「殺したい程憎い」存在になっていたのです。ですから、そんな家族とのコミュニケーションを復活させるという選択は、自分にとっては屈辱以外の何物でもありませんでした。しかし、それ以上に自分は尿管結石の再発を恐れていました。ここで自分が尿管結石発症によって受けた心身のダメージをまとめてみます。



・今回の尿管結石はそもそも妹とのドアの音を巡る喧嘩が発端。これにより妹に対する憎しみがさらに悪化。


・尿管結石発症後、父親に助けを求めた所、信じられない暴言を投げつけられる。これにより父親に対して凄まじい絶望感と憎しみが発生。


・尿管結石の自我を崩壊させる程の激しい差し込み。これにより身体に激しいダメージが発生。


・あのような暴言を投げつけられた直後にも関わらず、尿管結石の余りの差し込みの激しさに自我が壊れ、父親の事を頼らざるを得ない。これにより激しい屈辱感が発生。


・尿管結石の差し込みにのたうち回った直後にも関わらず母親の自分に対する態度が喧嘩腰。これにより若干の憎しみが発生。


・この一連の尿管結石のゴタゴタにより、家族全員に対する感情が「殺したい程憎い」まで悪化。しかし、色々ノートに書いて考えた末、尿管結石を再発させない為には家族とのコミュニケーションを復活させる以外に方法は無いとの結論に辿り着く。本来なら「殺したい程憎い」人間とコミュニケーションを取る事など絶対的に有り得ないし、なんだったら当時の自分は家族を見かけただけで殺意が芽生える程憎かった。しかし、同時に発生した「今後尿管結石が再発するかもしれないという恐怖」、この恐怖感は家族への殺意以上に強く、結果その殺意を押し殺してでもコミュニケーションを取らざるを得ないとの結論に。これによりさらに激しい屈辱感が発生。




と、こんな感じになります。いや〜ホントあの尿管結石事件は、何一つポジティブな要素を自分にもたらしませんでした。もたらしたのは、ただひたすらに激しい肉体的ダメージと、家族全員に対する激しい憎しみ、そして激しい屈辱感のみ。読者の方達の中には、そこまで家族に対して憎しみが酷いのなら一人暮らしすれば良かったじゃないかという思いを持たれた方もいらっしゃると思います。ただあの時の自分の中にはその選択肢は全く無かったんですよ。尿管結石事件のダメージにより自分の心身はさらに壊れてしまいましたから、自分でお金を稼いで一人暮らしをするという自信など1ミクロンも無かったのです。そう、自分にはそれまでの27年間の学生生活・バイト生活の中で、人間関係が上手く行った試しなどただの一度もなかったですからね。27年間の人生の中で、周りの人間達とコミュニケーションを潤滑に取れた経験が1度たりと無かったですから、そんな自分が一人暮らしをする事は、あまりにも無謀な挑戦で自殺行為でした。バイトで継続的にお金を稼ぐ自信は皆無でしたし、一人暮らしする為には不動産屋を回ったりとか大家さんとの交渉したりが必要だと思いますが、そこら辺の大人のコミュニケーションについても全くもって自信がありませんでした。加えて、体調もホントボロボロでしたし。ただそこら辺のコミュニケーションの問題、お金の問題、体調の問題が解決できていたなら、一人暮らしは是非ともしたかったです。「殺したい程憎い」家族3人に囲まれて日々の生活を送りたいはずがありません。




尿管結石事件の話に戻ります。ですから自分の鬱はこの一連の尿管結石事件によってさらに2倍酷くなってしまった感じです。振り返ってみますとと、自分は1つ目の大学で空手部を引退した後、大学を再受験し、2つ目の大学に通い始めました。しかし、そこでの4年間でも一切友達を作る事が出来ず、ただただひたすら孤独な学生生活が続き、3度休学する事になってしまいました。そして、ただひたすら孤独な学生生活を送る中で、自分の中に蓄積されていった孤独感や挫折感はかなり大きいものだったと思うのです。この「蓄積されていった孤独感や挫折感」、自分はこれも尿管結石発症の大きな要因になっていたと感じています。ですから、「空手部引退後のひたすら孤独な学生生活」+「尿管結石事件」=鬱が2倍に悪化、という事になります。



そしてですね、空手部引退「以前」の自分の鬱の状態を思い出してみますと、自分の鬱は1つ目の大学で3年間空手部生活を送った事により、高校時代の3倍に酷くなってしまいました。ですから、まず高校時代の自分の中に発生した鬱の総量を「1」とします。その鬱は空手部の3年間で3倍に悪化しましたので、鬱の総量は「3」に増えました。さらにその鬱は「空手部引退後のひたすら孤独な学生生活」+「尿管結石事件」により2倍悪化。つまり孤独な学生生活と尿管結石事件によって自分の中の鬱の総量は、3×2=6で「6」まで増えてしまったという事になります。つまり高校時代の鬱の6倍にまで自分の鬱は悪化してしまったという事です。ざっくり書くとこんな感じ。


1992年16歳 高校1年生で鬱発症 鬱量1
(高1から始まった鬱の諸症状)

1998年 22歳 1つ目の大学で空手部引退 鬱量3
(大学入って鬱が3倍酷くなった話 )

2003年11月 27歳 尿管結石事件発生 鬱量6



これまで自分はこのブログを書くまでは、尿管結石事件により自分の鬱は1.5倍くらい悪化した印象でした。しかし、今回こうやって詳細にまとめてみますと、1.5倍では生温く、2倍くらい悪化したな、という印象に変わりました。まぁホントあの尿管結石事件は酷かったですし、そこまでのひたすら孤独な学生生活でもかなり心身が削られましたからね。それにしても、こうやって現在の自分が、ブログに過去の自分の鬱について詳細に記し、その時々の鬱量を「数字」で把握する事はとても意味がある事だな、と感じています。「数字」で把握する事で客観性が増し、自分自身とても納得できるんですね。今回自分はこの記事を書いてみまして、「なるほど!、あの尿管結石事件によって自分の鬱の症状は、高校時代の鬱の6倍まで酷くなったんだな!」と大いに納得する事ができました。これは鬱の回復に効果がありそうです。




これは先の話になりますが、この3年後くらいに我が家は引っ越しをする事になるのですが、この引っ越しにより自分の鬱はさらに3倍悪化した印象なんですね。そうなりますと最終的な自分の鬱の総量は高校時代の18倍にまで膨れ上がったという事になります。まぁここら辺の「何倍に悪化」したという感覚は、この先実際にブログに引っ越しの件を書いてみると、また変わる可能性がありそうです。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m




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