鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

「if」の世界の言語化(2005年8月頃・29歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「商店街に眠る自分の怨霊を鎮魂〜1年ぶりの遠出⑨(2005年8月頃・29歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が大学近くの商店街に赴き、そこに眠っていた当時の自分の怨霊を鎮魂して回ったという話でした。さて、そんな感じで自分は商店街を一通り回りまして、帰路に着いたのです。大学に着いたのは朝8時頃でしたが、帰路に着く頃には11時頃になっていた記憶です。そして、そこから電車で1時間半揺られて自宅に無事帰ってきたのでした。家に帰った自分は、1年ぶりの遠出が上手くいった事にかなりの達成感を覚えました。遠出中の体調は慢性的な疲労感と眠気で超グダグダでしたが、そんな中でも目的は達成できたのです。そう、「大学の記憶は妄想ではなかった」という事を証明できましたし、大学や商店街をとても懐かしい気持ちで見て回る事が出来ました。なにより大学や商店街に眠っていた自分の過去の怨霊を鎮魂する事が出来ましたからね。自分は1年ぶりの遠出がとても上手くいった事に大満足でした。




このように自分は1年ぶりの遠出を成功させまして、外出する自信を少し取り戻しました。この遠出後も自分はノートに向かい記憶の言語化を進めようとしたのですが、やはり新しい記憶は思い出し辛くなっており、いよいよ記憶のサルベージ(言語化)は終了に近付いているようでした。ここからは記憶のサルベージの終盤で発生した、記憶のサルベージの新しい形について書いていきたいと思います。これはこれまで自分がやってきました「記憶の言語化」とは違う切り口の言語化、といった感じです。振り返ってみますと、自分はこの記憶のサルベージにおいて、膨大な量の記憶を言語化し、因果関係を繋いできました。その中で自分は何故自分の人生が孤独と恐怖に塗れたものになってしまったのか理解していったのです。以下↓がその理解の流れになります。



自分の鬱が学校生活で挫折経験を重ねるごとに酷くなっていった事が分かる。

自分の鬱が「孤独感」に由来している事が分かる。

その「孤独感」は自分のコミュニケーション能力の無さに由来している事が分かる。


自分のコミュニケーション能力は「小学校3年生」以降全く発達していない事が明らかになる。そして、自分の精神年齢が「小学校3年生」で止まっていた事も明らかになる。


それらは「小学校3年生以降の家庭環境」に由来している事が分かる。



このように自分は記憶のサルベージを通じて「自分の精神年齢の成長が小学校3年生以降止まっていた」事を明らかにし、そしてそれらは「小学校3年生以降の家庭環境に原因があった」事を明らかにしました。ところが、これにより自分の中に一つの疑問が産まれたのです。それは「もし自分の家庭環境が落ち着いていて、自分の精神年齢の成長が止まっていなかったのなら、どのような人生を送る事になっていたのだろう?」、というものでした。「もし自分の家庭環境が良好で、それにより豊かなコミュニケーション能力が備わっていたら、どのような人生が送れていたのだろう?」、と。この疑問が出て来たのはサルベージの終盤だった印象です。そう、自分は「if」の世界の事を考えてみたくなったんですね。SF的に言うと「別の世界線の自分」という感じでしょうか。その「if」を想像してみますと、自分が実際に歩んできた漆黒の人生とは真逆の人生が見えてきたのです。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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