鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

「if」の世界の言語化②(2005年8月頃・29歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「「if」の世界の言語化(2005年8月頃・29歳)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、自分が「if」の世界の自分を想像し始めたという話でした。そう、「もし自分の育った家庭環境が良好で、それにより豊かなコミュニケーション能力が備わっていたら、どのような人生が送れていたのだろうか?」という想像です。この想像はサルベージの終盤でよくしていました。つまり「記憶の言語化」と「ifの世界の言語化」を同時に行なっていた、という事になります。さて、その「if」の世界ですが、その世界では自分に豊かなコミュニケーション能力が備わっている事になっています。また家庭環境も良好です。そうなると何が起こるのかという話ですが、幼い頃から苦しんでいた「喘息」が発生しないんですね。自分の見立てでは自分の喘息は100%「心因性」のものですから、家庭環境が良好なら発生するものではありません。そうなると自分は喘息を気にせず運動を楽しめる事になります。これは自分にとってとても大きい事でした。実際の自分の人生においては、喘息は小学校3年生以降に急激に悪化し、それにより半不登校児のような暗黒生活を送る羽目になったのですが、これが「if」の世界では健康的に学校に通え、運動を楽しめる訳ですからね。実際の人生とはまるで真逆の世界がそこにはありました。そう、「if」の世界の自分は、クラスメートと楽しそうにサッカーを楽しみ、学校生活を楽しそうに送っていました。実際の自分が喘息に苦しみ、サッカーを楽しむクラスメートを羨ましそうにただ眺めていただけだったのとは真逆の世界です。これを想像した時、とても楽しい気持ちになったのを覚えています。なんだったら口元がニヤニヤ緩んでいたかもしれません。




さらに想像は続きます。もし家庭環境が良好で、学校生活ではサッカーが楽しめていたなら、当然サッカーを楽しむようなスポーツ系のクラスメートともコミュニケーションが取れていた事でしょう。これもとても大きな違いでしたね。何故なら実際の自分の人生においては、喘息の急激な悪化によりスポーツ系のクラスメートとコミュニケーションが取れなくなっていき、その「コミュニケーションの断絶」が後にどんどん広がっていってしまったからです。また、家庭環境が良好ならば、自分は家庭内でコミュニケーションの練習を積む事が出来ますし、家庭内のコミュニケーションによって自分の人生経験を言語化させ、それを蓄積させていく事もできた事でしょう。一方、実際の自分の人生がどうだったのかというと、自分の精神年齢の成長は小学校3年生で止まってしまい、学年が進むにつれ周りとの精神年齢差がどんどん離れていく事になりました。当然クラスメートとのコミュニケーションもどんどん困難になっていき、孤立感がどんどん増していったのです。もし家庭環境が良好だったなら、歳を取ると共に自分の精神年齢も順調に成長していきますから、周りとの精神年齢差は発生し得ず、「良好な学校生活」を送れた事でしょう。




「良好な学校生活」、これこそが自分が29年間狂おしい程に恋焦がれたものであり、どんなに努力し願っても全く手に入らなかったものでありました。手に入らなかったばかりか、学校での孤立感により鬱が発症し、それは酷くなっていく一方でしたからね。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m






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