鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

ゲームの世界に現実逃避しただけの中学3年間(過去編・1991年・15歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「中学時代のメンタルヘルス(過去編・1991年・15歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分の中学校時代のメンタル状態を考えてみました。自分は幼い頃より家庭環境が原因でどんどんメンタルを悪化させていきました。小学校3年生の時点で「離人感」を発症していましたからね。そして、中学受験を経てメンタルヘルスはさらに悪化し、中学校時代入ると「鬱」発症一歩手前まで悪化していました。このメンタル悪化をフローチャートにまとめますと、以下の通りになります。項目の後ろの数値は、その時のメンタルヘルスを数値化したものです。



3歳くらいの時に起きたとある事件により、親に対して自分の感情や欲求を言うのを諦める(プラスマイナス0)

(とある事件の概要は こちら)

小学校3年生の時の家庭環境の急激な悪化(マイナス5)
(詳細はこちら)



小学校3、4年生の時のスイミングスクールにおける離人(マイナス5)

(詳細はこちら)



小学校6年生の時の「A先生怒られ事件」 (マイナス8)
(概要はこちら)




中学入学時の「自己紹介事件」(マイナス10)

(概要はこちら)

中学校3年間の「ゲームボーイ依存」(マイナス10)

(概要はこちら)



う〜ん、着々とメンタル数値が悪化していきますねぇ。そして、メンタルの悪化によって幼い頃からの持病の喘息もどんどん悪化していきました。また、喘息を発病するとものすごく背中の筋肉を使うものですから、喘息の悪化と共に背中の慢性的な疲労感も酷くなっていきました。中学生の時点でそれは「疲労感」から「痛み」に変化していた記憶です。



ではここで「自己紹介事件」以降の自分のメンタルヘルスの詳細を貼っておきます。「自己紹介事件」は自分が中学入学時に起こった事件です。


「中学時代(『自己紹介事件』後)のポジティブな感情」



①学校の勉強がまぁまぁ得意



「中学時代(『自己紹介事件』後)のポジティブな感情」



❶家庭内における自分という存在のかなりの不安定さ

❷一晩中続く喘息の苦しさ

❸背中の慢性的な疲労

❹喘息のせいでスポーツが全く出来ず、スポーツ系のクラスメートに引け目を感じる

❺小学校6年生の時の「A先生怒られ事件」によるかなりの虚無感+この事件を誰にも喋る事が出来ない孤独感

❻中学校入学時の「自己紹介事件」による「やらかした感」と「恐怖感」+ この事件を誰にも喋る事が出来ない孤独感


(❶〜❹は小学校3年生時点ですでに発生)



上記のように自分は中学入学の時点でけっこう心を病んでいる状態でした。現実世界の何もかもが虚しく、何もかもが物悲しかった状態です。この状態でのメンタル数値はマイナス10。ですから、中学時代の自分はゲームの世界に現実逃避してしまいました。ゲームの世界では現実世界では手に入らなかった精神的充足感が心ゆくまで得られたからです。




さて、このようにして自分の中学3年間はゲームの世界に現実逃避しただけで終わってしまいました。そして、自分は高校に進む事になります。高校に入るといよいよ「鬱」が発症する、という流れになります。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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