鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

自信喪失と被害妄想(過去編・1992年・16歳)

皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「食欲が完全消失するが、それを全く認識出来ない(過去編・1992年・16歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が高校1年生の9月に「暴言事件」を起こし、そのメンタルダメージが原因で鬱を発症した、という話でした。この事件を端的に書きますと、自分が吹奏楽部のA先輩(男)といる時に、ウケ狙いでエグ過ぎる下ネタの冗談を言ってしまい、ドン滑りした、です。事件の概要はこちらになります。この事件により自分は鬱を発症したのですが、その鬱の諸症状は以下の4つになります。



①食欲の完全消失


②日曜夜ごとの激しい喘息


③慢性的な背中の疲労感(痛み)と眠気


④学校生活中の激しいめまい



今回の記事では、この「暴言事件」によって自分が「自分に対する自信」をどれくらい失ったのか考えてみたいと思います。まずは中学時代の自分のメンタルヘルスを振り返っておきたいと思います。



「中学時代のポジティブな感情」


①学校の勉強がまぁまぁ得意



「中学時代のネガティブな感情」


❶家庭内における自分という存在のかなりの不安定さ

❷一晩中続く喘息の苦しさ

❸背中の慢性的な疲労感(痛み)

❹喘息のせいでスポーツが全く出来ず、スポーツ系のクラスメートに引け目を感じる

❺小学校6年生の時の「A先生怒られ事件」によるかなりの虚無感+この事件を誰にも喋る事が出来ない孤独感

❻中学校入学時の「自己紹介事件」による「やらかした感」と「恐怖感」+ この事件を誰にも喋る事が出来ない孤独感


❼ ❶〜❻の精神的ダメージの蓄積により、自分は「自分に対する自信」をどんどん失っていった。それにより「自分という存在」はどんどん不安定化していき、「自分という人間は、いつ他人から迫害されてもおかしくない人間なのだ」という「被害妄想」が発生した。


(❶〜❹は小学校3年生時点ですでに発生)



う〜ん、病んでます。上記のように自分は中学生の時点で心をけっこう病んでいました。❼にありますように「被害妄想」も発生していましたからね。この「被害妄想」は自分が幼い頃より「自分に対する自信」を失っていった結果、発症したものです。自分は幼い頃より不安定な家庭環境で育ちましたから、そもそも「自分に対する自信」が皆無でした。さらにそれは家庭環境の悪化や様々なら事件により、失われて行ったのです。では幼い頃から自分がどのようにそれを失ってきたのか、以前の記事から引用します。各項目後ろの数字は、自分の中の「自分に対する自信」を数値化しています。



3歳くらいの時に起きたとある事件により、親に対して自分の感情や欲求を言うのを諦める(プラスマイナス0)

(とある事件の概要は こちら)

小学校3年生の時の家庭環境の急激な悪化(マイナス5)
(詳細はこちら)



小学校3、4年生の時のスイミングスクールにおける離人(マイナス5)

(詳細はこちら)



小学校6年生の時の「A先生怒られ事件」 (マイナス8)
(概要はこちら)




中学入学時の「自己紹介事件」(マイナス10)

(概要はこちら)

中学校3年間の「ゲームボーイ依存」(マイナス10)

(概要はこちら)



上記のように自分は幼い頃から「自分に対する自信」を失い続けてきました。そして、自分に対する自信を失っていった結果中学時代には「被害妄想」を発症しました。つまり、自分の中の「自分に対する自信」がマイナス10まで減った時に、「被害妄想」を発症した、という事になります。自分は家庭内においても小学校においても、「自分という存在」をかなり不安定に感じていました。そう、自分という存在の「底」がグラグラに不安定で、いつ「底」が抜けるか分からない、そんな不安定感を感じていたのです。



その「不安定感」は中学校に進むと「被害妄想」に悪化しました。この「被害妄想」は「自分という人間は、いつ他人から迫害されてもおかしくない人間なのだ」という感覚です。自分が「自分という存在の価値」を全く信じられていませんでしたし、それどころか自分自身が「自分という存在の価値」を下に見ている、そんな感じです。さらに自分自身が「自分という存在の価値」を下に見ているのですから、他人から見ても「自分という存在の価値」は下に見えるであろう事を勝手に予想してしまうのです。そこからもっと「被害妄想」が進むと、自分という存在が無根拠に他人から脅かされたり、迫害される可能性が高いと勝手に感じるようになっていったのです。この「被害妄想感」もホントキツかった記憶です。




そう、自分はどこに行っても「自分という存在の価値」を全く感じられず、それどころか自分自身が「自分という存在の価値」を下に見ていました。ですから、他人も自分の事を見下すでしょうし、からかいやいじめの標的にもなる可能性も高い気がしていたのです。ただし、自分には実際にそのような標的になった経験はありません。しかし、その経験はなくとも自分はどこに行っても「いじめられそうな危険性」を感じ、かなりの精神的苦痛を感じていた記憶です。




このように自分は中学生の時点で自分に対する自信をかなり失っていました。上記のような「被害妄想」を発症する程、失っていたのです。そして、この「被害妄想」が暴走したのが、高校入学時に起きた「歓迎会逃亡事件」です。この事件によりさらに自分の自信は失われて「マイナス11」にまで減りました。この事件の半年後の起こったのが「暴言事件」です。この事件により、自分がさらに自信を失なったのは言うまでもありません。果たして「暴言事件」によってこの「マイナス11」がどこまで減る事となったのか、次回の記事で考えてみたいと思います。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!






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