鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

「暴言事件」に対する有効な前後策を何も編み出せない(過去編・1992年・16歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「自信喪失と被害妄想(過去編・1992年・16歳) 」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は、「暴言事件」によって自分が「自分に対する自信」をどれくらい失ったのか、考えてみました。「暴言事件」とは自分が高校1年生の時に起こった事件の事です。事件を端的に書きますと、自分が吹奏楽部のA先輩(男)といる時に、ウケ狙いでエグ過ぎる下ネタの冗談を言ってしまい、ドン滑りした、です。事件の概要はこちらになります。まずは自分が幼い頃からどのようにして、「自分に対する自信」を失っていったのか、フローチャートで振り返ってみたいと思います。各項目後ろの数字は、自分の中の「自分に対する自信」を数値化しています。




3歳くらいの時に起きたとある事件により、親に対して自分の感情や欲求を言うのを諦める(プラスマイナス0)

(とある事件の概要は こちら)

小学校3年生の時の家庭環境の急激な悪化(マイナス5)
(詳細はこちら)



小学校3、4年生の時のスイミングスクールにおける離人(マイナス5)

(詳細はこちら)



小学校6年生の時の「A先生怒られ事件」 (マイナス8)
(概要はこちら)




中学入学時の「自己紹介事件」(マイナス10)

(概要はこちら)

中学校3年間の「ゲームボーイ依存」(マイナス10)

(概要はこちら)



このように、自分の中の「自分に対する自信」は幼い頃から失われていく一方でした。そして、フローチャートの一番下の「歓迎会逃亡事件」、この事件後の自分のメンタル状態は以下の通りになります。❽を新たに付け加えました。



「『歓迎会逃亡事件』後のポジティブな感情」


①学校の勉強がまぁまぁ得意



「『歓迎会逃亡事件』のネガティブな感情」


❶家庭内における自分という存在のかなりの不安定さ

❷一晩中続く喘息の苦しさ

❸背中の慢性的な疲労感(痛み)

❹喘息のせいでスポーツが全く出来ず、スポーツ系のクラスメートに引け目を感じる

❺小学校6年生の時の「A先生怒られ事件」によるかなりの虚無感+この事件を誰にも喋る事が出来ない孤独感

❻中学校入学時の「自己紹介事件」による「やらかした感」と「恐怖感」+ この事件を誰にも喋る事が出来ない孤独感


❼ ❶〜❻の精神的ダメージの蓄積により、自分は「自分に対する自信」をどんどん失っていった。それにより「自分という存在」はどんどん不安定化していき、「自分という人間は、いつ他人から迫害されてもおかしくない人間なのだ」という「被害妄想」が発生した。


❽高校入学時の「歓迎会逃亡事件」による精神的ダメージ。


(❶〜❹は小学校3年生時点ですでに発生)



さて、このように「歓迎会逃亡事件」後の自分のメンタル状態はけっこう病んでいまして、数値にしますと「マイナス11」です。そして、「歓迎会逃亡事件」から5ヶ月後に「暴言事件」が起こりました。この事件によってA先輩の中の自分に対する評価がだだ下がりするのは確定的でした。たぶんそれまでの自分への評価は「無口で何考えてるか分からない後輩」だったでしょうが、これが「急にエグ過ぎる性的暴言をぶっ込んでくるヤバくて痛い後輩」に急降下する事は確定的です。このA先輩は吹奏楽部で副部長を務めていまして、自分と違ってコミュニケーション能力が馬鹿高い先輩でした。この先輩の評価が急降下するのは痛過ぎます。また、A先輩とは普段2人で練習する事も多かったですから、事件前から微妙だった2人の空気感が針のむしろ状態になる事も予想できました。




これだけでも自分にとってはかなりのメンタルダメージでした。しかし、さらに最悪だったのはあの性的な暴言がA先輩の口から吹奏楽部の女の子達に広がる可能性がある事です。こうなってしまうと自分は性犯罪者のような目で見られる事になります。そして、もっと最悪の最悪は、自分が所属しているサックスパートに伝わる事です。サックスパートには3人女の子先輩がいたのですが、あの暴言が先輩達に伝わったらもう終わりです。先輩達はいつも自分に優しく接してくれていたのですが、それが急変するのは間違いありません。また、あの暴言はサックスパートの同学年の女の子を対象にしたものでしたから、この子に伝わるのも最悪の最悪です。この子の心を深く傷付けてしまうでしょうし、この子との関係も終わる事でしょう。



このように「暴言事件」以降、自分は様々な最悪のシナリオを想定し続けました。そして、そのシナリオに恐怖し、甚大なメンタルダメージを受け続けたのです。そして、何度も書いていますが、自分はこの事件を誰にも相談する事が出来ませんでした。よって、この事件における人間関係や事実関係や時系列を全く整理する事が出来なかったのです。ですから、いつまで経ってもこの事件は自分の頭の中でグチャグチャのカオス状態であり続けたのです。そして、それらを全く整理出来ていませんから、この事件をいつまで経っても客観的に見る事が出来ません。ですから、この事件に対する前後策を考える事も全く出来ないのです。




仮にこの時の自分に信頼出来る相談相手がいたとしたら、例えばこのような前後策を編み出す事が出来たかもしれません。この事件の1〜2日後に、自分がA先輩に対して「変な事言っちゃってすみません」と謝るのです。たぶんこれをしたなら、大分展開は違っていた事でしょう。A先輩は優しい先輩でしたから「びっくりしたよ」とか言って、笑って許してくれたはず。こうなれば、A先輩との時間が針のむしろ状態になる事は無かったでしょう。また、その後に自分が「申し訳ないのですが、あの冗談は誰にも言わないで下さい」とまで言えれば上出来です。これによって最悪の最悪の想定が現実化する可能性を大分下げられた事でしょう。




しかし、実際の自分は、事件後何も有効な前後策を思い付けませんでした。そう、自分はこの事件を誰にも相談出来ずにいましたから、ただただ最悪の最悪の想定に怯え続け、一人パニック状態に陥り続けるしかなかったのです。こんなパニック状態で事件の事実関係を整理する事なんて出来るはずがありません。そして、事実関係を整理出来なければ、有効な前後策を考えつくはずもありません。さらには、この事件から反省や学びを得る事など到底出来るはずもありません。



よって、自分はいつまで経ってもこの事件の最悪の最悪の想定に怯え続けるしかなく、パニック状態であり続けるしかなかったのです。これより当然メンタルは急激に悪化し、持病の喘息も急激に悪化しました。自分は日曜の夜ごとに激しい喘息に襲われ、一睡もせずに高校に向かう事となりました。そして、時には平日の夜にも喘息を発症していましたし、発症していなくても恐怖で寝付きは悪くなったはずです。




このように暴言事件後、自分の心身はさらに病んでいき、とうとう鬱を発症する事となりました。発症した鬱の諸症状は以下の4つになります。



「高校時代の4つの鬱の諸症状」


①食欲の完全消失

②日曜夜ごとの激しい喘息

③慢性的な背中の疲労感(痛み)と眠気

④学校生活中の激しいめまい




では、最後にこの「暴言事件」によって「自分に対する自信」がどれくらい下がったのか、考えてみます。事件前の「自分に対する自信」は「マイナス11」です。う〜ん、、さらに「マイナス5」悪化して、「マイナス16」ですね。この数値は自分の感覚を数値化しているもので、何か客観的な根拠がある数値ではありません。あくまで上記のフローチャートの流れを踏まえて、「マイナス5」と言う感じです。つまり、自分は「暴言事件」によって「自分に対する自信」を「マイナス16」まで失い、そこで鬱を発症したという事になります。





今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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