鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

現在の自分にも色濃く残る被害妄想的な思考(2021年10月)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「2021/11/22/高校時代の8個の鬱の諸症状(過去編・1993年・17歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分の高校生活が酷く辛く、虚しく、悲しいものになりつつあった、という話でした。そう、高校に入ってからの相次ぐ事件の数々により、自分の心身は鬱でぶっ壊れてしまいました。そして、自分はそもそも中学時代から現実世界の何もかもが虚しく、物悲しく感じていたのです。自分は幼い頃から家庭環境や様々な事件が原因で、「自分に対する自信」をどんどん失っていく人生を送っていました。その結果中学入学時にの頃に「被害妄想」を発症し、高校2年生で「鬱」を発症した、という流れになります。



ではここで、自分が幼い頃よりどのような「自分に対する自信」を失っていったのか、フローチャートで示したいと思います。各項目の後ろの数字は、自分の中の「自分という存在に対する自信」を数値化しています。(この数値をメンタル数値と呼んでいます)



3歳くらいの時に起きたとある事件により、親に対して自分の感情や欲求を表現するのを諦める(プラスマイナス0)
(とある事件の概要は こちら)

小学校3年生の時の家庭環境の急激な悪化(マイナス5)
(詳細はこちら)


小学校3、4年生の時のスイミングスクールにおける離人(マイナス5)
(詳細はこちら)



小学校6年生の時の「A先生怒られ事件」 (マイナス8) 被害妄想発症
(事件の概要はこちら・被害妄想についてはこちら)



中学入学時の「自己紹介事件」(マイナス10)
(概要はこちら)

中学校3年間の「ゲームボーイ依存」(マイナス10)
(概要はこちら)

中学校のクラスにおける「被害妄想的ないじめの予期不安」(マイナス10)
(概要はこちら)

高校入学時に起こった「歓迎会逃亡事件」(マイナス11)
(概要はこちら)

高校1年生の秋に起こった「暴言事件」(マイナス16)
(概要はこちら)



高校1年生の3月に起きた「寄せ書き事件」(マイナス21)
(概要はこちら)

高校2年生の4月に起きた「ホルンパートでの自己紹介事件」(マイナス22) 鬱を完全発症
(事件の概要はこちら・8個の鬱の諸症状はこちら)



このような自分は家庭や学校生活の中で「自分に対する自信」をどんどん失っていき、高校2年生の春に「鬱」を完全発症する事となりました。この時の8つの鬱の諸症状が以下の通りになります。


「高校時代の8つの鬱の諸症状」



①「暴言事件」や「寄せ書き事件」の恐怖が凄まじく、その甚大なメンタルダメージのせいで日曜夜ごとに激しい喘息が発症。そして、自分はそれらの事件を誰にも相談出来なかった為、そのメンタルダメージはいつまで経っても消化されなかった。



②喘息が原因で背中の慢性的的な疲労感がさらに悪化。もはや疲労感ではなく「背中の慢性的なかなりの痛み」



③喘息で夜一睡も出来ず高校に通っているので、慢性的な眠気が酷い


④突発的に発生する凄まじいめまい。自分という存在が消えてなくなりそうな程、地面が激しく揺れているイメージ。


⑤「暴言事件」や「寄せ書き事件」の最悪の最悪の想定が恐ろしくて仕方ない。その怯えから来る「冷え性


⑥上記のメンタルダメージの蓄積により、食欲が完全消失


⑦自転車通学による「無意識の自傷行為


⑧幼い頃より「自分に対する自信」をエグられ続けた結果、「被害妄想」が発症し、それはどんどん悪化していった。高校時代の自分は「自分という人間は、いつ他人から無根拠に攻撃されてもおかしくない人間なのだ」という感覚に常に襲われ、いつもかなり「ビクビク」「オドオド」している精神状態。



(「②慢性的な背中の痛み」と「⑧激しい被害妄想」は相関関係にある。慢性的な背中の痛みが酷くなっていくと、被害妄想も酷くなっていった。)



よくまとまりました。素晴らしい。自分はこのブログにおいて幾度となく学生時代の話をしていますが、今回は「被害妄想」を切り口にして、様々な事件の話を書いてきた感じです。これまでこのブログではあまり学生時代の被害妄想について触れてきていなかったと思いますが、こうやってスポットライトを当ててみますと、学生時代にも「被害妄想」の悪影響というものが凄まじかったと言う事が確認出来ました。この「被害妄想」は学生時代に起きた全ての事件に影響していたと言っても良いと思います。この「被害妄想」によって事件が引き起こされた事もありましたし、事件が起こった後に「被害妄想的な予期不安」が発生し、よりメンタルダメージが倍増するパターンもありました。自分の学生時代はこの「被害妄想」によって滅茶苦茶に破壊されたと言っても良いくらいです。そして、この「被害妄想」によって自分の身体も滅茶苦茶に破壊されてしまいました。




この「被害妄想」の感覚って、現在の自分(2021年10月)の心の中にもしっかり残っているのですが、ホントこの感覚って「自分という存在」の根底が滅茶苦茶不安定なイメージなんですよ。「自分という存在」が立っている地面が震度7くらいで凄まじく揺れていて、しかも自分の周りには何も身体を支えるものが無いのです。ですから、自分はただただその凄まじい地震とその恐怖にただただ独りで耐えるしか無い。先程のフローチャートで示しました通り、自分は「自分に対する自信」を幼い頃からどんどん失っていく人生を送っていました。そして、自信が失われていけばいく程、心の中の地震の揺れはどんどん大きくなっていった印象です。その結果、心身はどんどん壊れていき、高校2年生で鬱を完全発症するに至った、と。



最近のこのブログは学生時代の「被害妄想」にスポットライトを当てて書いてきましたが、その方向性は正しかったなという感じがしています。この「被害妄想」の記憶って、現在の自分(2021年10月)にとってもすごく重要な記憶である感じがするんですね。何故なら、現在の自分(2021年10月)の中にも未だに「被害妄想」的な思考が残っているからです。この「被害妄想」的な思考は言い換えますと、「自分という人間は、いつ他人から無根拠に迫害されてもおかしくない人間なのだ」という感覚ですが、この思考は現在の自分(2021年10月)の中にも色濃く残っています。



この思考は特に睡眠不足だったり、疲れていたりする時に現れ、現在の自分を苦しめています。この「被害妄想」的な感覚はホントに辛くて嫌な感覚です。なんというか自分という存在が根拠もなく全否定されているような感覚ですからね。ですから、このブログで過去の「被害妄想」の歴史を辿る事は、現在の自分(2021年10月)が感じている「被害妄想」の謎を解くという側面もあり、やり甲斐がある作業です。



ここから先のこのブログの流れですが、まずは大学空手部時代に進みまして、この時代を「被害妄想」という切り口で振り返っていく事となります。そして、2つ目の大学以降の話も「被害妄想」という切り口で振り返っていくつもりです。




そもそも何故に自分が「被害妄想」という切り口で学生時代の話をまたも書き始めたのかという話ですが、それは2つ目の大学でやっていたタップダンスの発表会について書いている時に、「被害妄想」が酷かった事を思い出したからです。あの時の「被害妄想」があまりにも酷かったものですから、あれで「ん??もう1度最初から振り返って被害妄想について書いてみるか」となりました。ですから、ここから先は大学空手部→2つ目の大学と書き進めていきまして、2つ目の大学でのタップダンスの思い出に戻る事がとりあえずの目標だったりします。そこまで戻った後は休学を挟んでの2つ目の大学生活や「尿管結石事件」の話を書いていく流れになります。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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