鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。skipper1242でツイッターもやってます。

「自分に対する自信」を失い続けた結果の尿管結石(過去編・2003年10月・27歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表&鬱悪化のフローチャートも併せてどうぞ。では、前回の記事「尿管結石事件の発端となった激しい被害妄想②(過去編・2003年10月・27歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、「尿管結石事件」の発端となった被害妄想について考えてみました。この事件を端的に言いますと、ある日自分が尿管結石の激しい痛みに襲われ、父親に助けを求めた所、「こんな時に頼りやがって!!」という血も高るような暴言を吐かれた、という話になります。事件の詳細はこちらです。今回の記事もこの「被害妄想」について考えていきたいと思います。この尿管結石事件は自分の中の激しい被害妄想が発端となっているのですが、その被害妄想は以下の2つになります。


①「妹の出すドア音」に対する被害妄想

②妹との激しい口論後に襲われた「怒った妹が彼氏を連れてきて戻ってきて、その彼氏に自分はボコボコにされるのではないか??」という被害妄想



そして、『①「妹の出すドア音」に対する被害妄想』は、以下の3つの要因によって発生していました。


❶「自分の人生」と「妹の人生」を比べた時に感じる激しい劣等感


❷自分は母親に対して「殺したい」程憎い気持ちを持っていた。しかし、妹はそんな母親と普通にコミュニケーションを取っていた。それ故妹に対しても激しい憎しみを持つに至った。


❸自分の心身は「鬱の廃人」状態に陥っており、寝ても寝ても激しい疲労感が全く取れず、睡眠に対する欲求がどんどん激しくなっていった。もはや睡眠が大事過ぎて、「睡眠」と「自分の命」が同等の価値を持っているような感覚。故に「睡眠を妨害される」=「自分の命が傷付けられる」となってしまう。そこに凄まじい「被害妄想的な憎しみ」が発生した。



なるほど〜。この「尿管結石事件」は「激しい被害妄想」によって引き起こされた事は間違いありません。ただし、上記にありますように、「母親に対する憎しみ」や「妹に対する劣等感」も発端の一要因にはなっていたように思います。この3つを並べてみます。


①「激しい被害妄想」

②「母親に対する憎しみ」

③「妹に対する劣等感」


こうやって並べてみて思ったのですが、この3つには共通しているものがあります。それは、「自分が『自分に対する自信』を激烈に失っていった結果」という事です。上から順に考えていきます。



まず、「①激しい被害妄想」ですが、これまで書いていますように、自分は幼い頃より「自分に対する自信」を失い続け、それと同時に被害妄想が激しくなっていきました。そして、「②母親に対する憎しみ」も同じです。自分は大学生活において、挫折を繰り返し「自分に対する自信」を失い続けました。、そして、「自分に対する自信」を失えば失う程、「母親に対する憎しみ」も激しくなっていったのです。



また、「③妹に対する劣等感」も同様です。自分は2つ目の大学復学に失敗し、その後も古本屋バイトで挫折し続けたのですが、それによりさらに「自分に対する自信」を失っていきました。そして、「自分に対する自信」を失えば失う程、「妹に対する劣等感」も激しくなっていったのです。



なるほど。こうやってまとめてみますと、「尿管結石事件」の発端は、自分が人生の中で「自分に対する自信」を激烈に失っていった事にありそうです。ではここでいつものフローチャートを貼りたいと思います。このフローチャートは自分が幼い頃よりどのように「自分に対する自信」をうしなっていったのかを示しています。各項目後ろの数字は、自分の中の「自分という存在に対する自信」を数値化しています。この数値を「メンタル数値」と呼んでいます。この数値が下がれば下がる程、自分が「自分に対する自信」を失った事を示します。同時に「被害妄想」と「体調の悪化」も意味しています。



「鬱悪化のフローチャート



3歳くらいの時に起きたとある事件により、親に対して自分の感情や欲求を表現するのを諦める(プラスマイナス0)
(とある事件の概要は こちら)

小学校3年生の時の家庭環境の急激な悪化(マイナス5)
(詳細はこちら)


小学校3、4年生の時のスイミングスクールにおける離人(マイナス5)
(詳細はこちら)



小学校6年生の時の「A先生怒られ事件」 (マイナス8) 被害妄想発症
(事件の概要はこちら・被害妄想についてはこちら)



中学入学時の「自己紹介事件」(マイナス10)
(概要はこちら)

中学校3年間の「ゲームボーイ依存」(マイナス10)
(概要はこちら)

中学校のクラスにおける「被害妄想的ないじめの予期不安」(マイナス10)
(概要はこちら)

高校入学時に起こった「歓迎会逃亡事件」(マイナス11)
(概要はこちら)

高校1年生の秋に起こった「暴言事件」(マイナス16)
(概要はこちら)



高校1年生の3月に起きた「寄せ書き事件」(マイナス21)
(概要はこちら)

高校2年生の4月に起きた「ホルンパートでの自己紹介事件」(マイナス22) 鬱を完全発症
(事件の概要はこちら・8個の鬱の諸症状はこちら)



大学に入学後空手部に入部し、そこでの稽古の厳しさを乗り越えようと必死に自主練を繰り返すが全く体力が付かない。自分の中で無力感がどんどん増えていき、「被害妄想」がさらに悪化。それにより、空手部の稽古に対して「死の恐怖」を感じるようになり、夜眠れなくなってしまった。この生活を3年間続けた結果、鬱がさらに3倍に悪化。「鬱の廃人」状態に突入。(マイナス66)
(この時代の12個の鬱の諸症状はこちら)



大学3年生でカウンセリングを受け始めるも、鬱の諸症状の辛さをほとんど喋る事が出来ず、短期的には何のポジティブな効果も得られず。(マイナス66)(詳細はこちら)



大学空手部引退後も、トレーニングという名の「無意識の自傷行為」を続けてしまい、鬱が全く回復しない(マイナス66)(詳細はこちら・大学空手部引退後の「鬱の廃人」状態はこちら)



大学空手部引退後、自分の居場所を作ろうと、ロックダンス教室、タップダンス教室、ファミレスバイト、自動車教習所にチャレンジするも、全く周りとコミュニケーションが取れず、全て挫折。(マイナス71)(概要はこちら)



1つ目の大学を中退し、2つ目の大学で大学生活をやり直す。しかし、半年でクラスと手品サークルの人間関係から脱落。その後タップダンス教室や大学の体育の授業でも人間関係を作れず、大学生活が破綻。(マイナス76)(概要はこちらこちら)



大学を1年間休学し、比較的穏やかに過ごす。(マイナス76)
(概要はこちら)


大学休学中、家の中に「居場所」「安心」「暖かさ」を求め、15年間続く両親の喧嘩の仲裁に動く。しかし、母親の心の中には15年間に渡って蓄積した「父親への不信感」が膨大に存在し、説得が全く通じない。自分は次第に仲裁を諦め、無力感を感じるようになっていった。そして、いつまでも父親の糾弾を続ける母親に対して、憎しみがどんどん増えていった。(マイナス78)(概要はこちら)

2つ目の大学に復学し、和楽器サークルに居場所を作ろうとするも、やはり周りの学生と全くコミュニケーションが取れず、3ヶ月で大学生活から脱落。(マイナス83)(概要はこちら)



2つ目の大学の復学に失敗後、再起をかけて古本屋バイトに取り組むも、「被害妄想」と「鬱の諸症状」が酷く、1年半で支店を撤退。その後、残った本店での人間関係もどんどん厳しくなっていった。(マイナス88)(概要はこちら)




なるほど〜。自分はこのように幼い頃から「自分に対する自信」を失い続けてきました。そして「マイナス88」まで失った所で、尿管結石発症を発症した、という事になります。



では最後に、上記のフローチャートに新しい項目を付け加えたいと思います。付け加える場所は、フローチャート最後の「古本屋バイト」の次です。内容は妹に対する劣等感になります。


自分が大学復学に失敗し、古本屋バイトでも挫折し続ける間、妹の方は海外ホームステイに成功したり、新しい彼氏が出来たりで、充実した生活を送っているようだった。それに対する劣等感がすごい勢いで増大。(マイナス91)


いいですね。この項目でのメンタル数値の下げ幅は「マイナス3」と考えました。自分の人生の中でトラウマ級の精神的ダメージを負った「暴言事件」や「寄せ書き事件」でのメンタル数値の下げ幅は「マイナス5」です。この出来事はそれに比べるとダメージ量は劣る印象ですので、「マイナス3」としました。しかし、そうは言ってもそれなりに大きい精神的ダメージはあった印象です。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!



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