鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

モチベーションが下がった状態でのパチンコ生活(2006年1月頃・30歳)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「引っ越しの件で母親とコンタクトを取る(2005年12月頃)」の続きを書かせて頂きます。




前回の記事は自分が引っ越しの件で母親にコンタクトを取ったという話でした。あの一連のやりとりにより自分のストレスはさらに悪化したように思います。ただでさえ母親とコンタクトを取るのは気が狂う程嫌なのに、いざコンタクトを取ってみたら母親が自分の反対表明を聞き入れそうな空気は皆無でしたからね。母親と話した後、自分は引っ越しの流れが止められそうに無い事に絶望しました。もうストレスが身体の毛穴から溢れ出しそうな勢いでしたね。それは余りにも酷かったですから、パチンコへのモチベーションにも悪影響を及ぼしました。パチンコ中に引っ越しの事を考えると、両親への膨大な憎しみと、引っ越しへの膨大な不安感で頭の中が半ばパニック状態になりそうだったのです。これにより稼ぐ気力がけっこう減ってしまった記憶です。そう、自分は引っ越しに関して当然カウンセリングでも詳細を喋ったのですが、この件に関するネガティブな感情はカウンセリングではほとんど消化出来なかったように思います。また、良い対処策も見つからなかったですね。学校生活を送っている最中のカウンセリングもそうでしたが、カウンセリングって現実に起きている問題が余りにも巨大な場合は、効果的で無い場合があると思います。学校生活の時もカウンセリングは自分の現実状況に対して無力でしたからね。ただし、記憶のサルベージ後の自分は、カウンセリングで記憶のサルベージの内容を聞いて貰う事を大きな目的としていました。ここの部分に関しては引っ越しの話が出た後も変わらずに聞いて貰う事が出来まして、そこはとても有難かったです。 カウンセリングって短期的な現実問題には無力な事もありますが、長期的に見るととても有益なモノだと思います。




年が明けて2006年1月。家の中の引っ越しの気配は収まる事がなく、自分は相変わらず引っ越しに対する膨大な憎しみと不安を抱えていました。そのせいでパチンコで稼ぐモチベーションも低下気味でしたね。しかし、自分はカウンセリング代と生活費を稼がないといけないですから、パチンコ屋には通い続けていました。モチベーションが低下する中でのパチンコでしたが、稼ぎの方は順調で、毎月30万程稼げていました。モチベーションが低下しているとはいえ、稼ぐ為に必要な事は手を抜かずにやっていましたからね。それにより結果はちゃんとついてきていましたから、そこにやり甲斐は感じていた記憶です。そのやり甲斐は引っ越しの話を聞く以前に比べると減少傾向ではありましたが、それでもまだ稼ぐ気力は残っていました。自分は相変わらずネットでグランドオープンやリニューアルオープンのお店を探しては、そこに出向き、釘が悪化するまでの間そこで稼ぐスタイルで稼ぎ続けていました。時には家から1時間半くらいかかる全く知らない街のパチンコ屋にもわざわざ行ってましたね。また、A店とは違う別の地元のパチンコ屋がリニューアルオープンしてくれたおかげで、そこで2〜3週間打ち続られたのは有難い事でした。このパチンコ屋のリニューアルオープンはかなりサービスが良く、期待値50000円の台を何日も渡って打てたのです。テクニカルな話になりますが、このお店は長い間高回転率な台を用意してくれた上に、「貯玉」が出来るお店でした。「貯玉」とは獲得した持ち玉を貯める事が出来るシステムでして、これにより、持ち玉を翌日以降に持ち越す事が出来たのです。このお店の換金率は1玉3円でしたから、現金投資(1玉4円)するより、持ち玉(1玉3円)で打てた方が圧倒的に有利でした。この貯玉のお陰で翌日以降は現金投資を全くする事なく、朝イチから持ち玉遊戯に入る事が出来まして、これにより期待値をかなり上乗せする事が出来たのです。そうそう、パチプロ軍団が「あの店は稼げる」という噂を耳にしたのか、このパチンコ屋に襲来し、開店と同時に彼らと良い台を取り合う、なんて事もありましたね。




また、この頃パチンコを打ちながらデータを取っていると、「パチプロ嫌いの店」に当たってしまい、店員から無言の圧力を掛けられる事もありました。用もないのに、自分の後ろで店員が延々と見張っているのです。自分はメンタル弱々でしたから、そういう圧力を掛けられると一目散でその店から逃げていました。そうそう、そういう圧力が嫌だったので、自分はこの頃から「携帯」を使い始めたのです。パチンコ台の前でメモ帳を開いてメモっているといかにも「パチプロ」という雰囲気が出てしまいますが、ケータイにメモっている分にはまだそういう雰囲気は出にくいだろう、という判断でした。つまり自分がいわゆる携帯(ガラケー)を初めて買ったのは2006年だった訳です。これって同年代の中ではかなり遅い方だったのではないかと思います。2008年には早くもスマホの走りであるiPhone3が発売されてますからね。まぁ何度も書いていますが、自分は大学生活において周りと全くコミュニケーションが取れていなかったですから、携帯を買う必要が全く無かったんですよ。欲しいとも思わなかったですし。しかし、自分はパチンコで稼ぐようになるとカモフラージュ用として、この時ようやくガラケーを手にしたのでした。そんなガラケーデビューが超遅かった自分ですが、15年経った現在は「携帯乞食」としてiPhoneの最新機種をタダ同然で仕入れてお小遣いを稼いでいる訳ですから、世の中分からないものです。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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