鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

基準となる「健康」の記憶が無い(過去編・1985年〜2004年・9歳〜28歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「離人感を発症するまでのルーティン(2008年2月・32歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が「離人感」を発症するまでの日々のルーティンについて書いてみました。自分はそんな日々が辛くて辛くて仕方なかったですから、大学の図書館で精神医学系の本を読み漁ったのです。すると、そこに「現実感覚が薄くなる症状」を見つけ、とても嬉しくなった、という話でした。その症状には「離人感」と名付けられていたのです。(離人感の詳しい説明はこちら)ですから、自分は1つ目の大学の2年生の時点で自分が離人感を発症している事を知っていました。




それから7年後。28歳の自分は全ての社会生活と家族から脱落し、部屋に引きこもり、自分の全ての過去の記憶をノートに書き始めました。そこで小学校3年生の頃のスイミング教室の記憶を言語化してみたのですが、そこでこの「現実感覚が薄くなる現象」が現れたのです。自分はここでびっくりしました。「いやいや、大学時代に離人感を発症してたのは知ってたけど、小学校3年生で離人感発症してたのかよ!!!」って。そう、小学校3年生の時点で精神疾患を発症していたなんて、やはり自分の人生はまともじゃなかったんだな、と感じましたね。というか「俺の人生ってやっぱり呪われてやがる、、」と思いました。自分の中での一般的な子供時代のイメージって、「無邪気」「元気」「明るい」というものでしたが、離人感を発症している子供が「無邪気」で「元気」で「明るい」はずがありません。実際自分はその後子供の頃の記憶を全てノートに書いていったのですが、やはりそのような「明るい記憶」はほとんどありませんでした。あったのはひたすら喘息に苦しみ続け、夜眠れなかった記憶と、慢性的な疲労感と眠気でなんか辛い状態で小学校生活を送っていた記憶のみ。そして、小学校、中学校、高校、大学と進むにつれ、慢性的な疲労感と眠気はどんどん悪化していったのです。




つまり、自分の小学校時代の「健康状態」に関する記憶って、「喘息」と「慢性的な疲労感と眠気」に苦しみ続けている記憶しかないんですよ。逆に言いますと、小学校時代に「健康」だったり「元気」だった記憶が皆無なのです。そして、それは小学校時代に限った話ではありません。先程も書きましたように小学校時代「以降」健康状態は悪化していく一方でしたし、小学校時代「以前」に関しても「明るく」「無邪気な」記憶はほぼほぼ無かったのです。つまり、自分は人生全般に渡って、「健康」で「元気」だった記憶が無かったのです。これに気付いた時もけっこうな驚きがあった記憶です。「えっ???そもそも基準となるべき『健康』の記憶が無いのかよ!!!」って。





今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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