鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

パチンコにハマりOB会費を使い込む(過去編・1998年7月・22歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「ファミレスバイトもフェードアウト(過去編・1998年9月・22歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分がファミレスバイトでとある大失敗をし、それをきっかけにバイトから遠ざかり始めた、という話でした。大失敗を起こした時期は、大学4年生(休学中)の9月頃になります。あの大失敗はかなりヘコみました。そもそも自分は、あの大失敗以前から周りからの「使えない奴だな」的な視線を感じていました。そう、自分は周りのバイトや社員さんとのコミュニケーションがまるで取れてなかったですし、覚えなければならない新しいレシピも全然頭の中に入っていなかったからです。何故ならバイト中の自分の健康状態は滅茶苦茶でした。以下過去記事からの引用になります。



『(バイト中の自分は、)お皿を持って移動している時にも酷いめまいが起こって危なかったですし、背中の慢性的な疲労感もとても酷く、それは疲労感というよりもはや激痛でした。「背中をナイフで思い切り刺され続けている感じ」です。そして、冷え性も酷く、体温調節がぐちゃぐちゃの中で働いていましたからね。暑いんだか、寒いんだか、訳わかりません。自分の頭の中はこれらの肉体的苦痛に占領されており、集中力や記憶力がほとんどありません。まぁ最初に教えて貰った中華料理の作り方だけは辛うじてこなせていましたが、それ以外の仕事はグダグダのグダグダ。』




自分はこんな状態でファミレスバイトを週2〜3回で3〜4ヶ月間働き続けていました。そして、あの大失敗が駄目押しとなり、ファミレスバイトに行くのが怖くなってしまった記憶です。あれは悲しかったし、虚無感も半端なかった。



そんな感じで自分がファミレスバイトから遠ざかり始めた時期が、大学4年生(休学中)の9月後半って感じです。そう、この年の7月、8月は呑気にパチンコを打っていた記憶がありますからね。7月、8月にパチンコを打っていた自分の心の中には、あのような大事件のショックはまだ無かった印象です。自分はこの頃からパチンコにハマり始め、ファミレスバイトの合間にパチンコを打っていました。今回の記事は、この頃のパチンコの思い出を書いてみたいと思います。とりあえず以前の記事にそこら辺の詳しい経緯は書いています。


パチンコにハマってOB会の会費を使い込んだ話(1998年4月頃)

鬱と依存症(1998年7月頃)


そうそう、上のタイトルにもあります通り、自分はパチンコにハマり過ぎてしまい、自分の手持ちのお金だけでは足りず、高校の吹奏楽部のOB会費30万くらいを使い込んでしまったんですよ。う〜ん、ダメ人間。まぁでもしょうがないですよ。上記の記事にも書きましたが、自分はそれまでの人生で達成感や充実感を感じた事が僅かしかありません。そして、一方では空手部の3年間を終え莫大な虚脱感を抱えていたのです。そして、パチンコの大当たりで得られる達成感と陶酔感は強烈です。お金をつぎ込んだ末に大当たりが連チャンすると、もうなんか脳がトロけるくらいの嬉しさがありますからね。パチンコの大当たりの波と演出が作り出す強烈な達成感と陶酔感、これに「鬱の廃人」だった自分がハマるのは無理ありません。当時の自分は、CRバトルヒーローFXって台に特にハマっていました。



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CR バトルヒーローFX



CRバトルヒーローFXリーチ集
https://youtu.be/h11ggsyPZa8




マニアックな話になってしまいますが、この台を打っていてリーチがかかり、後ろから「UFO群」が出てきた時のアツさと言ったらなかったですからねw一瞬でリーチの信頼度が一気に50%くらい跳ね上がるのです。もう脳汁出まくり。パチンコ業界で一番有名な機種と言ったら、「海物語」ですが、この「海物語」で言うところの「魚群」と全く一緒の機能です。う〜ん、懐かしい。そんな感じで自分はパチンコにハマっていき、気付いたら手元のお金は無くなってしまいました。さらにそれでもパチンコを打ちたくなってしまい、OB会の会費まで使い込んでしまった、と。



今から考えると、この頃が自分が一番パチンコを楽しんでいた時期だと思います。金額的には負ける一方でしたが、それは純粋にパチンコを楽しんでいたが故です。この1年半後くらいから、自分はパチンコの勝ち方を覚えていき、パチンコで稼ぐようになっていきます。こうなってしまうと徐々にパチンコが「仕事感覚」になってしまい、大当たりのアツさとかハズれた時の悔しさとかが、どんどん無くなってしまったんですよ。良い釘の台を見つけたら、後は当たろうと外れようと淡々と打ち続けるだけの作業になってしまいました。そう考えるとこのパチンコを打ち始めた頃のアツさは貴重な記憶であり、とても懐かしい記憶です。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!





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