皆さんこんにちは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事と 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「パチンコにハマりOB会費を使い込む(過去編・1998年7月・22歳)」の続きを書かせて頂きます。
前回の記事は、自分が大学4年生の夏頃にパチンコにハマっていた、という話でした。懐かしいですねぇ。この頃の自分の日々の生活のルーティンはこんな感じでした。
(大学は休学中)
週3回 ファミレスバイト
週3回 トレーニング(ランニング、坂道ダッシュ、縄跳び、筋トレなどで、1時間程度)
週1回 大学内でカウンセリング
週1回 タップダンス教室
不定期でパチンコ屋
何気にスケジュールが入ってますねぇ。そして、前回の記事でも書きましたが、やはりパチンコが印象深いです。今回の記事もこの時期のパチンコの話を書いていこうと思います。なんと言っても自分が一番パチンコにハマっていた時期ですから。前回の記事では、CR バトルヒーローFXについて書かせて貰いました。そして、これ以外にも自分はこんな機種を打っていました。
CR 大工の源さん
CR モンスターハウス
CR フルーツパッション
CR ルパン3世
羽根モノ ファインプレー
羽根モノ 百姓一揆
他にもCR ミルキーバー、CR ギンギラパラダイスなんかも懐かしいですねぇ。またマニアックな話になってしますが、当時のパチンコ業界ってCR 大工の源さんを初めとする確変2回ループ機が一世を風靡していたんですね。この2回ループ機は一度確変に入ると連チャンが止まらず、凄まじい爆発力を持った台だったのです。確か平均連チャン率が5くらいだった記憶です。上手く確変が続くと、10連チャンくらいは余裕で出ていたと思います。大工の源さんの1回の出玉が2300発ですから、換金率を3円としますと、2300×10×3=69000。つまり一撃で69000円儲かる機種だったのです。その凄まじい爆発力はそれまでパチンコをやった事の層を惹きつけていきました。そう、それまでパチンコをやった事の無い主婦の方もパチンコにハマっていったのです。
そこで問題になったのが、「子供の車内置き去り」です。お母さんがパチンコを打っている間、子供を車内に置き去りにしてしまったのです。しかもこれが真夏だったものですから、悲劇が起こってしまいました。この事件はTVや新聞で扱われ、一気にパチンコが社会問題化。大工の源さんを始めとする爆裂機が槍玉に挙げられました。それでこの悲劇をきっかけにして、連チャン規制が行われたんですね。それまでの確変2回ループ機は禁止され、確変1回ループのみになってしまいました。確変1回ループの平均連チャン率は3ですから、大分出玉の出方が緩やかになりました。しかも規制は連チャン数にまで及び、連チャンしても5回までという「リミッター」までついていたのです。これはなかなか厳しい規制でした。連チャンしても5回まででは夢がありません。かくして、パチンコの爆裂機ブームは終焉を迎えたのでした。
自分がパチンコを打ち始めたのはちょうどその頃なのです。ですから、自分が一番ハマっていたCR バトルヒーロー FX、これもリミッターが付いていた機種なんですね。連チャンしても5回で終わってしまう台でした。ただ、自分はこの時パチンコを知って間もなかったですから、爆裂機の凄さを知りませんでした。たまに大工の源さんを打つ事もありましたが、全然確変に入らなかったですから、爆裂させようがありませんでした。ですから、パチンコ初心者の自分にとっては5回リミッター付きでもでも全然面白かった記憶です。リーチの当たり外れに一喜一憂してましたからね。う〜ん、懐かしい。
今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!
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