鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した44歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

「運動=体力が付く=自分に自信が付く」という盲信(1995年4月・19歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表も併せてどうぞ。では、前回の記事「 大学で空手部に入部するも、そもそもボタンの掛け違いが酷い(1995年4月・19歳)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、自分が大学に入学し、空手部に入部したものの、そこには早くも深過ぎる暗雲が立ち込めていた、という話でした。そう、自分は高校時代に鬱を発症し、以下の8つの諸症状に苦しんでいました。


「高校時代の8つの鬱の諸症状」


①「暴言事件」や「寄せ書き事件」の恐怖が凄まじく、その甚大なメンタルダメージが原因で日曜夜ごとに激しい喘息が発症。そして、自分はそれらの事件を誰にも相談出来なかった為、そのメンタルダメージはいつまで経っても消化されなかった。



②喘息が原因で背中の慢性的的な疲労感がさらに悪化。もはや疲労感ではなく「背中の慢性的なかなりの痛み」



③喘息で夜一睡も出来ず高校に通っているので、慢性的な眠気が酷い


④突発的に発生する凄まじいめまい。自分という存在が消えてなくなりそうな程、地面が激しく揺れているイメージ。


⑤「暴言事件」や「寄せ書き事件」の最悪の最悪の想定が恐ろしくて仕方ない。その怯えから来る「冷え性


⑥上記のダメージの蓄積により、食欲が完全消失


⑦自転車通学による「無意識の自傷行為


⑧幼い頃より「自分に対する自信」をエグられ続けた挙げ句、激しい「被害妄想」が発症。「自分という人間は、いつ他人から迫害されてもおかしくない人間なのだ」という感覚に常に襲われ、いつもかなり「ビクビク」「オドオド」している精神状態。



(「②慢性的な背中の痛み」と「⑧激しい被害妄想」は相関関係にある。慢性的な背中の痛みが酷くなっていくと、被害妄想も酷くなっていった。)



大学に入学した時の自分は、高校の吹奏楽部を引退して1年経っていましたから、頭の中から「暴言事件」や「寄せ書き事件」の直接的な恐怖は消えつつはありました。しかし、だからといって上記の鬱の諸症状が改善する事は全くありませんでした。自分は大学に入ってからも、相変わらず背中にかなりの疲労感を感じていましたし、睡眠も不安定で慢性的な眠気も相変わらずだった印象です。もちろん冷え性もそのままですし、病的に「ビクビク」「オドオド」している所も全く変わりません。そして、上記の鬱の諸症状は、空手部に入部して半年後に行われた「人間サンドバッグ」という稽古により、さらに悪化していく事になりました。



この稽古についてはこれまでこのブログで何回も書いていますので、割愛します。初めてお読みになる方はこちらをお読み下さい。この稽古によって自分の心身は追い込まれ、この稽古に対する恐怖心が生じました。そう、ただでさえ自分は激しい「被害妄想」を抱え、病的に「ビクビク」「オドオド」して生きていましたから、あの稽古で恐怖心が生じるのは当然の流れだったと思います。そして、自分はこの恐怖心を乗り越えるべく、空手部の週3回の稽古以外の日にも自主練を始めたのです。自主練の内容はこんな感じです。



空手部がある時期:家の周りをランニング、坂道ダッシュ、筋トレなど。1日1時間を週1〜2回

空手部が長期休みの時期:家の周りをランニング、坂道ダッシュ、筋トレなど。 1日1時間を週3回



自分は人間サンドバッグの恐怖を乗り越えようと必死に上記の自主練を繰り返したのですが、一向に体力が付いたという実感が得られません。それどころか、翌日の自分の体調は大崩れするばかりなのです。この時の様子を過去記事から引用します。



『自主練の翌日の体調は、昨日の疲労感がエグく残っており、身体はとてもダル重く、冷え性も酷くて真夏でも鼻水がズルズルだったのです。もちろん食欲なんて当然ありませんし、背中の疲労感も滅茶苦茶です。背中をナイフで刺され続けているような痛みでしたからね。こんな状態で体力が付いたという実感を得られる訳がありません。』



このように自主練を繰り返しても繰り返しても、一向に体力が付いた実感を得られないどころか、翌日に体調をぶっ壊すばかりなのです。しかし、当時の自分はその理由が訳わかりません。だって「運動=体力が付く=自分に自信が付く」と思い込んでいるのですから。しかし、実際には自分の身体は高校時代の時点で鬱でぶっ壊れており、運動など到底無理な状態であったのです。そして、当時の自分はその事に全く気付いていませんでした。




ですから、自分は運動など到底無理な体調にも関わらず、その体調不良を必死に我慢して自主練を頑張ってしまっていたのです。そして、運動など到底無理な体調で運動をするのですから、翌日必ず体調をぶっ壊してしまう。しかし、そこから2〜3日経って体調が少し回復するとまた懲りずに自主練を繰り返してしまうのです。このように自主練を繰り返しても繰り返しても翌日に体調がぶっ壊れてしまうだけで、全く体力が付いた実感を得られない状態は延々と続きました。それでも自分は「運動=体力が付く=自分に自信が付く」という図式を盲信してきましたから、自主練を止める事が出来ません。




こうして負のドミノ倒しが延々と続く事となり、自分の中には「無力感」が発生しました。だって努力しても努力しても望む成果が全く得られないからです。そして、それはどんどん大きくなっていったのです。しかし、それでも自分は自主練を辞められません。「無力感」がどんどん大きくなっている事にも気付いていないのです。つまり、自分は「自分に自信をつける為」に空手部に入ったのですが、実際に入ってみると「自信」とは真逆の「無力感」をどんどん増やしていってしまった、という事になります。そして、「無力感」はどんどん増えていき、「脱力感」に悪化しました。そして、「脱力感」もどんどん増えていき、「虚無感」に悪化。「虚無感」もどんどん増えていった結果、「自殺願望(希死念慮)」を発症したのでした。




今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!
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