鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーション、発達障害について

30年間鬱と闘病した46歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。引きこもり歴15年、就職経験無し、発達障害歴&彼女いない歴45年。skipper1242でツイッターもやってます。

カウンセリング&パチンコ生活スタート(過去編・2005年9月・29歳)

皆さんこんばんは、スキッパーです!このブログを見に来て下さりありがとうございます!初めて見に来て頂いた方にも、何度も見に来て頂いた方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事 人生年表&鬱悪化のフローチャートも併せてどうぞ。では、前回の記事「 希望とやる気に満ち溢れたパチンコ生活(過去編・2005年9月・29歳) 」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は、29歳の自分が引きこもり生活を終え、カウンセリング&パチンコ生活に突入していった、という話でした。時期的には2005年の9月頃です。自分はこれから始まるカウンセリング&パチンコ生活にこれまでに無い程の希望とやる気を感じていました。その理由は以下の通りになります。


①1年間の拷問のような引きこもり生活からの解放。

②H先生のカウンセリングを再び受ける事が出来る。

③カウンセリング代と生活費を稼ぐ為に再びパチンコ稼業を再開出来る。


それぞれの理由の詳細は前回の記事に書かせて貰いました。自分はこれら3つの理由によって、これから始まる新生活にかなりのやる気を感じていました。あんなに自分の中にやる気が燃え上がっていた時期は後にも先にもここからの2ヶ月間だけだったような気がします。



そんな感じで、自分はカウンセリングの初回を終えまして、翌日からパチンコ生活に突入して行きました。自分がパチンコを打つのは2年ぶりでしたが、その間にそんなにパチンコの規則は変わっておらず、すんなりパチンコ稼業に復帰出来ました。また、例え規則が変わっていたとしても、パチンコが確率を使った遊戯である限り、「確率論」や「期待値論」や「釘読み」が唯一の攻略概念である事に変わりはありません。自分はパチンコ雑誌を読む中で独学でそれらを学習し、計算出来るようになっていました。故に2年間のブランクがあってもパチンコで稼ぐ事に自信を持っていたのです。



さて、自分はそのようなプライドを心に秘めつつ、パチンコ稼業を再開しました。確か当時の手持ちの軍資金は80万円程だったと思います。パチンコは例え1日の期待値50000円の台を打ったとしても、運次第で負ける時は負けるゲームです。負ける時は1日10万円が吹っ飛びます。ですから、軍資金80万円では少々心許なかった記憶です。



しかし、ここで自分に追い風が吹いてきました。自分の家から原付で20分くらいの場所に、パチンコ屋の超大型店舗がオープンしたのです。元々大型家具店があった敷地に出来たパチンコ屋なのでホントに大きいパチンコ屋でした。店内は広々とした2階建てで、中には漫画喫茶や食堂やコインランドリーやマッサージ室まで併設している充実ぶり。パチンコ屋というよりアミューズメント施設です。



そして、パチンコにおいて勝負を決めるものは「釘」なのですが、その釘もかなり開いていて、回りそうです。試しに海物語という機種を打った所「27回/1000円」と言った感じでした。これは「回転率」と言いまして、この台が1000円使うと27回回る事を指しています。




そして、この台を朝から晩まで打ち続ければ期待値が40000円〜50000円は見込めました。期待値とは、この台がもし確率通りに当たったらどれくらい勝てるのかを示しています。ただ、実際にはパチンコを打っていて、それが確率通り当たる事などまずありえません。何せ台の大当たり確率は1/300ですからね。当たらない時は1000回回しても当たりません。さらに、1日に回せる最大回転数は多くて3000です。ところがこのような大きな確率も毎日朝から晩まで打ち続けると1ヶ月、2ヶ月単位で確率が収束していき、期待値通りの勝ち額に収まってきます。これがパチンコの勝ち方という事になります。詳しい話はパチンコカテゴリーの記事にアップしていますので、興味のある方はご覧下さい。



という訳で自分は今回のパチンコ稼業をこの超大型店舗からスタートする事になったのでした。



今回の記事はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!



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