鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間鬱と闘病した45歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を考察しています。引きこもり歴15年、就職経験無し、彼女いない歴45年。skipper1242でツイッターもやってます。

「トラウマ歩き」の最中のネガティヴな感情❶〜❾

「トラウマ歩き」の最中のネガティヴな感情❶〜❾


❶「トラウマ歩き」本体の苦痛。すなわち、学生時代のトラウマをそのまま再体験する事で生じる凄まじい心身の苦痛。「トラウマ歩き」の最中の苦痛の中で最も激しい苦痛。中でも最も激しかった苦痛が大学空手部時代のトラウマ。このトラウマを思い出す際に感じていた苦痛は以下の7つ。「空手部の稽古で殺されるかもしれない恐怖感」「喘息の激しい苦しさ」「孤独感」「絶望感」「無力感」「虚無感」。自分はこれらのトラウマを思い出して歩き続け、その間何度も号泣したか分からない。


☆❷以下の苦痛は、トラウマ歩きの本体外の苦痛


❷トラウマ歩きの目的はトラウマを消化する事であったが、当時の自分はその効果を半信半疑の状態で行っていた。その確率は50%50%。この「トラウマ歩き」はかなりの時間とエネルギーを消費するものだったが、当時の自分からすると、50%の確率で徒労に終わる可能性があるものだった。当時の自分はこの事にかなりの不安感を覚えていた。


❸この時の自分はニートで、成功体験、恋愛経験、就職経験、皆無の32歳。そんな状態で過去のトラウマと向き合うだけの日々を送る事にかなりの葛藤があった。(トラウマ歩きのペースは2日に1回、1回平均4時間)どんなにこの行為に膨大なエネルギーと時間を費やしても、それで社会経験が積める訳では無かった。



❹どんなにこの行為に膨大なエネルギーと時間を費やしても、この行為では1円も稼げない。その事に対する虚しさ。



❺「トラウマ歩き」による没入感は凄まじいものがあり、思い出しているトラウマの記憶が尽きるまで延々と歩くのを辞められない、という事態が起こっていた。中途半端な所でトラウマ歩きを終わらせると、現在の自分の意識が過去の恐怖に飲み込まれてしまうような恐怖があったのだ。この「トラウマ歩き」は歩き始めから歩き終わりまで、平均4時間かかる行為だったが、このような事態になると、5時間経っても、6時間経っても歩く事を辞められなかった。最長で7時間歩き続けた事もあった。この状態での身体の疲労感は凄まじいものがあった。



❻「トラウマ歩き」は依存性がかなり高い行為だったので、自分は雨の日にもこの行為を行っていた。雨の日に外を歩き続けて1時間も経つと靴の中に雨水が侵入してきて、靴の中はぐちゃぐちゃ。靴の中が冷たいやら気持ち悪いやらで最悪の気分。しかし、自分はそんな日でも「トラウマ歩き」を平均4時間続けた。



また、時には台風の日でも「トラウマ歩き」をしていた。こんな日は傘を差していても雨は防ぎきれず、靴の中だけでなく、服の中までびしょ濡れ。自分は絶望的な気分だった。「俺こんな日に何やってるんだよ、、」、と。しかし、自分はそれでもトラウマを思い出しながら歩き続けた。それ程の依存性の高さが「トラウマ歩き」にはあった。


引っ越し後の「極度の虚脱状態と放心状態」 ×2.25倍状態における8つの鬱の諸症状




❽自分は思考のアイドリングとして「トラウマ歩き」の冒頭の40分くらいを深夜アニメ絡みの事を思い出す時間に充てていた。しかし、時にはその感想文や返信文をなかなかまとめきれず、それだけで2時間歩き続ける事もあった。自分はそこから本筋の「トラウマ歩き」に入るのだが、本筋に入る前にかなりのエネルギーと時間を使ってしまっており、「ここからトラウマを思い出すのかよ、、」と消耗感を感じながら本筋に入る事もあった。



❾当時の自分は病的(×27倍)な冷え性を発症しており、それによって冬のトラウマ歩きが更なる苦行になっていた。冬のトラウマ歩きを始める際、自分は防寒着として以下の服を着ていた。



・股引3枚

・股引の上に「貼るホッカイロ」各足2枚ずつ

・フリースズボン1枚

・ジャージ3枚

・太いGパン

・防風用のレインコート2枚(この2枚は原付から降りたら脱いでいた)


(場所は神奈川で季節は冬・上半身にも上記と同等の服の量が必要)


自分はこのような超着膨れ状態でトラウマ歩きを始めるのだが、歩き出して10分もすると、身体が熱くなり、汗が出て来てしまう。こうなると汗が冷えて身体が冷えるので、すぐにでも上記の防寒着を脱がねばならない。自分は以下のトイレの中から近い場所にあるトイレを探し、そこに向かった。


「コンビニ」「パチンコ屋」「スーパー」「公衆トイレ」


これらのお店に着くと自分はトイレを借り、そこで上から順番に防寒着を脱いでいき、一番下の股引を脱いだ。何故股引なのかと言うと、一番下の股引が一番肌に近く、そこに熱がこもりがちだったから。そして、自分は股引を脱ぎ、再び防寒着を着直し、トイレから出て、再び歩き出す。



ここからが厄介だったのが、一枚脱いでも結構な割合でまだ暑い場合があったのだ。一体何枚脱げば体温的に適当なのかは、脱いで再び歩き出してみないと全く分からなかった。こうなってしまうと、自分は1分もしないうちに先程のトイレに逆戻り。自分はまた防寒着を脱ぎ直し、そして、さらに股引を1枚脱が事に。そこからまた他の防寒着を着直し。このように脱ぎ着が2回目となると、体力的な消耗感がキツく、時間を浪費している感もあり、けっこうなストレス状態に陥っていた。



こうして自分は2回目の脱ぎ着を終え、3たびトラウマ歩きに復帰するのだが、滅多に無い事だったが、それでもまだ暑い時もあった。こうなると3回目の脱ぎ着の試行をせねばならない。このように防寒着の脱ぎ着が3回もかかるとそれだけで30分かかる時もあり、このような時の自分の心の中は、消耗感と時間の浪費感で気が狂いそうになっていた。



これまで書いてきた脱ぎ着の試行パターンは「脱いだけどまだ暑い」だが、もちろん「脱ぎ過ぎて寒くなった」パターンもあった。例えば股引を思い切って2枚脱いだものの、いざ歩き出してみると、肌寒く、再びトイレに戻るパターン。このパターンもよくあり、本当に面倒臭かった記憶。


このように当時の自分はトイレに入った時点で、その時の自分の体温にふさわしい防寒着の枚数を適切に計算する事が全く出来なかった。正解が分かるのは、防寒着を着直して再びトラウマ歩きを再開してすぐ。故に当時の自分は、トイレに入った時点で防寒着の脱ぎ着の枚数をギャンブル的に決めざるを得なかった。そして、このギャンブルの当たり確率は概ね50%くらいだった印象。



なので自分は予想を3回連続で外し、トイレに3回出入りする事も珍しい事ではなかった。この脱ぎ着きのギャンブル的な不確定要素も、当時の自分にとってはかなりのストレスになっていた。



このように当時の自分は病的(×27倍)な冷え性を発症していたので、冬のトラウマ歩きの中での防寒着の調整が本当に困難だった。先程書いたように、まず歩き始めの時間帯に調整が2〜3回せねばならなかったし、さらにそこからも20分くらいおきにトイレを借りて、防寒着の脱ぎ着をせねばならなかった。トラウマ歩きは1回の平均歩き時間が4時間だったが、その中で平均6〜7回はトイレを借りて、防寒着を調整していた印象。



加えて、トイレを借りる場所によっては、その場所ならではのストレスも更に発生し、それも当時の自分を苦しめたのだった。トイレの場所ごとの特徴は以下の通り。


・コンビニのトイレ:最も使う頻度が高かったトイレだが、トイレを借りる為には店員さんとコミュニケーションを取らなければならず、それは病的(×27倍)な被害妄想を発症している自分にとって、決死の覚悟が必要な行為だった。また、トイレを借りた後は何か買い物をし、店員さんにお礼を言った方が良い事は分かってはいたが、毎回モノを買う程の経済的余裕はなく、また店員さんにお礼を言うコミュニケーションですら、当時の自分には厳し過ぎる苦行だった。


よって、自分は買い物も何もせず、お礼を言う事もなくコンビニを出る事もあった。しかし、これはこれでコンビニを出た後自分は凄まじい被害妄想に襲われてしまう。「あの店員さんは自分の事を酷く悪く思ったに違いない。今度行ったら何か酷い嫌がらせをしてくるに違いない。」、と。自分はコンビニでトイレを借りるたびにこのような被害妄想と戦わねばならなかった。


・パチンコ屋のトイレ:コンビニのトイレに比べるとかなり快適だった。店員さんに声を掛ける必要が無いし、お店によってはトイレの中が高級ホテルのように綺麗だった。過去にパチンコで稼いでいた自分にとって、パチンコ屋は心安らぐホームグラウンドであり、それによるリラックス感もかなりあった。


・公衆トイレ:臭くて汚いトイレが多く、使う時は気が重かった。中には臭くて汚くて暗くて狭いトイレもあり、そのような和式トイレで防寒着を脱ぎ着する際は、かなりのストレス状態に陥っていた。また、トラウマ歩きは夜7時〜11時くらいの間に行う事が多く、この時間に人気の無い公衆トイレを使うのは、防犯的な面で怖い所もあった。ただし、パチンコ屋のトイレと同様、店員さんに声を掛ける必要が無いのは気が楽な部分であった。


・スーパーのトイレ:トイレは普通に綺麗だし、店員さんに声を掛ける必要もなく、使い易かった。


さらに天気によっては冬のトラウマ歩きの最中に雨が降ってくる事もあり、こうなると当時の自分のストレスはピークを迎えていた。ただでさえ防寒着の脱ぎ着が致命的に面倒なのに、さらにここに雨のストレス❻が加わってしまうのだ。


例えば、冬のトラウマ歩きの最中に雨が降り出すと、自分は用意していた折り畳み傘を差して、トラウマ歩きを続行した。そして、そのような状態で防寒着の脱ぎ着の為にお店のトイレに出入りせねばならない。こうなると、お店に入るたびに傘を閉じたり、開けたりせねばならないし、トイレに入る時も傘を持って中に入らねばならない。この「傘を持っている事による余計動作一つ一つ」、これが1日の中で5〜6回積み重なっていくとかなりのストレスになっていった。



簡単に言うと、あの時の自分は傘が超邪魔だったのだ。ただでさえ、防寒着の脱ぎ着を繰り返すだけでも、気が狂いそうに辛いのに、さらにそこに❻のストレスが加わり、さらにさらに傘による余計な動作が加わるのだから。そうなると、そこで発生する消耗感は致命的なものがあったのだった。