鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

〜自殺願望と救い〜大学時代の鬱の諸症状④

皆さんこんばんはスキッパーです!見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も自分の話を皆さんに読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来た頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「〜慢性的な疲労感と眠気〜大学時代の鬱の諸症状③」の続きを書かせて頂きます。




前回は大学時代の疲労感や眠気や難聴についてでしたね〜。ここまでにご紹介してきました大学時代の鬱症状として、食欲消失、離人感、慢性的な疲労感、眠気、難聴がありましたが、次に紹介する症状は「自殺願望」です。



いよいよ来ましたね〜。最後の大ボスと言えるような大物の症状。鬱と言えば自殺願望、自殺願望といえば鬱、という感じでこの両者は密接に絡みついている印象でして、自殺願望を語らずして鬱は語れないのではないかと思います。そして、この症状をようやく紹介できるという事でいつも以上に自分のテンションは上がっております。何故にテンションが上がっているのかと言いますと、自分はこの「自殺願望」によって精神的に大いに救われてきたからです。ご存知の通り大学時代の自分は人間サンドバッグの死の恐怖に晒され続ける中で様々な鬱症状を発症し、それらの辛さを誰にも喋る事ができず、ひたすら孤独の中でもがいていました。そんな孤独の中で唯一自分を慰めてくれたのがこの自殺願望だったんですよ。「自殺すれば今感じている全てのしんどさから開放される!」と考える事でなんとか精神を保つ事ができたんですね。もちろん死後どうなってしまうのかは誰にも分からない事なのですが、分からないからこそ、自分はそこに救いを求める事ができたのだと思います。「自殺すれば今感じている全てのしんどさから開放され、楽になる事ができる!」、と。当時「完全自殺マニュアル」という本が流行ったのですが、それが自分のバイブルでしたからね〜。いわば自分の中で自殺を唯一神にした宗教を作り上げ、それに心酔していたようなものです。




そして、自分はこの「自殺願望」のみを心の支えにして、そこから10年以上生きてきました。最近の8年くらいはメンタルが回復しましたので一切それは無くなりましたが、それまではこの自殺願望のみが自分の唯一の救いであり、自殺願望のみが唯一の友達・相棒でありました。そうそう、自分は親の影響で宗教、スピリチュアル、オカルト的なものは一切信じない性質なものですから、そうなると救いを求められるのはそこしかなかったのかな、という感じもします。




ホントこの自殺願望には救われましたねぇ。しかし、今から考えると究極的な身の破滅が心の支えになっていたのですから皮肉な話です。空手部引退後も自分の鬱はさらに酷くなっていき、自殺願望もさらに酷くなっていきました。そして、鬱のピーク時には実際に自殺するかどうかギリギリの所まで行ったのですが、なんとかそこを乗り越え今こうやって生きております。そして乗り越えた今となっては「死ななくて良かったなぁ」と思います。今はこうやって鬱についてブログに書いたり、お小遣い稼ぎをしたり、知り合いの家で家庭菜園やったり、自分のやりたい事だけをやって充実した日々を送れていますし、またそれらの活動の中で空手部時代の自分が信じられないくらいの人との繋がりがあります。それらを考えると、死ななくて良かったなぁと切に感じる所です。





今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございましたm(_ _)m





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