鬱、引きこもり、家庭問題、コミュニケーションについて

15年間引きこもって鬱と闘病した43歳ニートが、何故社会に適応できなかったのか、どのようにして鬱から回復していったのか、過去を振り返っていきます。skipper1242でツイッターもやってます。

パチンコⅡ期終了(2000年2月頃)

皆さんこんばんはスキッパーです!今日も見に来て下さりありがとうございますm(_ _)m今日も皆さんに自分の話を読んで頂けるかと思うと嬉しい気持ちでいっぱいです。もし初めてこのブログに来て頂いた方がいらっしゃいましたら、こちらの自己紹介の記事も併せてどうぞ。では、前回の記事「 パチンコで勝ち始めた話(1999年11月頃)」の続きを書かせて頂きます。



前回の記事は自分がパチンコで勝ち始めたって話でしたね。そうそうそんな感じで、しばらくは横浜駅の繁華街にあるパチンコ屋でCR フィーバーカジノを打っていたのですが、段々とそこの釘は閉まってきまして、目標としていた回転率23回を下回るようになってきました。そこから自分は某私鉄沿線の駅を各駅停車で一つ一つ降りていき、駅前のパチンコ屋を1店1店しらみつぶしに回っていく事にしました。その私鉄沿線は端から端まで45個くらい駅がありまして、大体各駅平均3店くらいパチンコ屋があった印象ですから、トータルで150店近くパチンコ屋を回った事になります。今から思うと良く回ったなって感じですけど、当時はそれが全く苦ではなかったんですよね〜。なんというかあれは数あるパチンコ台の中からお宝台を探すという「宝探し」をしているような感覚でしたし、パチンコ雑誌で連載しているパチプロ達もそうやって沢山のお店を回る中から稼げる台を見つけていると書いていましたから、憧れのパチプロ達と同じ立ち回りができる事も喜びになっていました。




ただ、これまで書いていますようにそうやってパチンコに夢中になっている間も自分の心身は鬱の諸症状でボロボロでして、慢性的な疲労感や眠気で集中力や判断力は大きく削られていましたし、冷え性も相変わらず酷く、デニムの下に股引なんかを履いてパチンコを打っていました。また、精神的にも不特定多数の人間に対する恐怖感が半端なく、パチンコ屋でパチンコを打ってる時も常に人の目を気にしてビクビクしていた記憶です。そう、ですからパチンコで稼げるようになる事で鬱の諸症状が良くなる事は一切なかったです。ただ、「パチンコで稼く事で得られる嬉しさや充実感などのポジティブな感情」から「鬱の諸症状で発生するネガティブな感情」を引き算すると、ポジティブな感情の方が若干上回っているような状態でして、その若干上回っているポジティブな感情をエネルギーにして、パチンコ屋回りをしていた記憶です。



さてそんな感じでパチンコ屋回りをしてますと、「お、この駅周辺のパチンコ屋は軒並み釘の状態がいいな」って地域が見つかるんですね。そういう地域が見つかると、まずは朝イチでその駅に向かい、開店(朝9時)と同時にその駅周辺のパチンコ屋の釘の状態を全てチェックし、良さそうな釘の台を見つけたらその台を閉店間際(夜9時)まで打ち続ける、という生活スタイルになっていきました。そして、そのような生活を続けて3ヵ月経った頃にはトータルの勝ち額が75万程になりまして、まずはこれで1年前にパチンコで使い込んでしまったOB会の会費30万を取り戻す事できてホッとしました。パチンコで負けたお金をパチンコで取り返す事が出来て嬉しかったですねぇ。また、稼いだ75万からOB会費の会費30万返しても、手元には45万残りそれも嬉しかった。しかし、この頃にはもう自分の心身は限界に来ていたんですよ。なんせ3ヵ月の間、鬱の諸症状で心身共にボロボロの中、釘の良い台を探し回り、朝から晩までパチンコを打ち続けていましたからね。なんというか、「パチンコで俺は稼げるようになったんだ!」という嬉しさや喜びを原動力にして連日朝から晩まで動き回っていた訳ですが、3ヵ月も経つとその「パチンコで俺は勝てるようになったんだ!」という喜びにも徐々に慣れてきてしまったという記憶です。そう、これまではそういうポジティブな感情が、鬱の諸症状から発生するネガティブな感情を上回っていたので日々動き回る事ができていたのですが、そのポジティブな感情が減ってくると当然鬱の諸症状から発生するネガティブな感情の方が上回ってきまして、もう動けなくなってしまった、という感じです。



そしてね〜、自分がこのパチンコで稼ぎ始めた時期を思い出すと、いつも思う事があるのですが、それは当時の「俺はパチンコで稼げるようになったんだ!」という最高に嬉しい気持ち、当時この気持ちを誰とも共有する事が出来なかったな、という事です。当時の自分はパチンコで勝てるようになって嬉しくて仕方が無かった訳ですが、なんせコミュニケーション能力皆無で友達0でしたから、この嬉しさを誰にも喋ることが出来なかったのです。当時通っていた大学には当然友達0でしたし、それまでの学校生活においても心を許せる友達は作れていませんから、パチンコで勝てるようになって最高に嬉しくてもそれを話す相手が全くいない。当然パチンコ屋でパチンコ友達が作れるはずもない。そうそうあの頃はもうカウンセリングには行っていませんでしたから、カウンセリングの先生にも喋れない。もちろん親にも言う気がしない。これがね〜、今から思うと悲しくて仕方が無いのです。当時の強烈に嬉しい気持ちは言葉や感情で表現される事なく、誰とも共有される事なく、未分化な感情のモヤモヤとして記憶の海に沈んで行ってしまった。ですから現在の自分がこうやってブログを書いている原動力は当時のその「悲しみ」にあるとも言えます。当時誰とも共有される事なく記憶の海に沈んでいってしまった無数の感情を、こうやってブログで表現する事で、当時出来なかった「感情の共有」をしてみたい、と。当時の自分の気持ちがそれぞれの読者さんにどれくらい伝わっているのかは分かりませんが、1%でも伝わっていたら嬉しいです。



ちなみに今回のブログタイトルに「パチンコⅡ期」とありますが、自分の人生でパチンコに関わっていた時期が4回ありますので、こう表現しております。概略としましては

Ⅰ期 1998年4月〜10月 負け期
Ⅱ期 1999年10月〜2000年2月 勝ち始め期
Ⅲ期 2003年10月〜2004年1月 スキップ機大好き期
Ⅳ期 2006年2月〜6月 ガチ稼ぎ期

という具合です。



今日はここで失礼します。最後までお読み頂きありがとうございました!m(_ _)m





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